・・・その上常子に見られぬように脚の先を毛布に隠してしまうのはいつも容易ならぬ冒険である。常子は昨夜寝る前に『あなたはほんとうに寒がりね。腰へも毛皮を巻いていらっしゃるの?』と言った。ことによると俺の馬の脚も露見する時が来たのかも知れない。……」・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・話すことと云い、話し振りと云い、その頃東洋へ浮浪して来た冒険家や旅行者とは、自ら容子がちがっている。「天竺南蛮の今昔を、掌にても指すように」指したので、「シメオン伊留満はもとより、上人御自身さえ舌を捲かれたそうでござる。」そこで、「そなたは・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・アベ・ショアズイはこの答を一生の冒険の中に数え、後のちまでも自慢にしていたそうである。 十七世紀の仏蘭西はこう云う逸話の残っている程、尊王の精神に富んでいたと云う。しかし二十世紀の日本も尊王の精神に富んでいることは当時の仏蘭西に劣らなそ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・馬車追いをする位の農夫は農夫の中でも冒険的な気の荒い手合だった。彼らは顔にあたる焚火のほてりを手や足を挙げて防ぎながら、長雨につけこんで村に這入って来た博徒の群の噂をしていた。捲き上げようとして這入り込みながら散々手を焼いて駅亭から追い立て・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ この猛犬は、――土地ではまだ、深山にかくれて活きている事を信ぜられています――雪中行軍に擬して、中の河内を柳ヶ瀬へ抜けようとした冒険に、教授が二人、某中学生が十五人、無慙にも凍死をしたのでした。――七年前―― 雪難之碑はその記念だ・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・……手前、幼少の頃など、学校を怠けて、船で淡島へ渡って、鳥居前、あの頂辺で弁当を食べるなぞはお茶の子だったものですが、さて、この三津、重寺、口野一帯と来ますと、行軍の扮装でもむずかしい冒険だとしたものでしてな。――沖からこの辺の浦を一目に眺・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・これ実に新興文芸の第一声であって、天下の青年は翕然として文学の冒険に志ざした。 当時の記憶は綿々として憶浮べるままを尽くいおうとすれば限りがない。その頃一と度は政治家たらんと欲し、転じて建築に志ざし、再転して今度は実業界に入ろうとした一・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・その人々は死なずに、どんな冒険でもやってみて、その島へたどり着きたいものだと思いました。そして、そのことを年よりの物知りにたずねました。「ゆけないこともあるまいが、なにしろ遠い。その島へ渡るまでには怖ろしい風の吹いているところがある。ま・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・と、Bがんが、いいました。「その心配は道理である。が、おじいさんは、ほんとうにそうした理想の世界を知っているのだろうか。」と、冒険好きな、Kがんがいいました。「小さな時分に、旅をする途中で見たというのだ。そしていま、その記憶はかすか・・・ 小川未明 「がん」
・・・ 小供の勇気を見よ。冒険を信ぜよ。子供のすべてはロマンチシストであった。なんで、人間は、大きくなって、この心を有しないのか。そして、旧習慣、常套、俗悪なる形式作法に囚われなければならぬのか。 塵埃に塗れた、草や、木が、風雨を恋うるよ・・・ 小川未明 「『小さな草と太陽』序」
出典:青空文庫