・・・そこでも今年は、去年のように、金色夜叉やロクタン池の首なし事件の覗きからくりや、ろくろ首、人魚、海女の水中冒険などの見世物小屋が掛っているはずだ。 寿子はそう思って、北向き八幡宮の前まで来ると、境内の方へ外れようとしたが、庄之助はだまっ・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・あと十日と迫ったおせいの身体には容易ならぬ冒険なんだが、産婆も医者もむろん反対なんだが、弟につれさせて仙台へやっちまう。それから自分は放浪の旅に出る。 仙台行きには、おせいもむろん反対だった。そのことでは「蠢くもの」時分よりもいっそう険・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・そして僕のうった鹿が一番大きかった、今井の叔父さんは帰り路僕をそばから離さないで、むやみに僕の冒険をほめた。帰路は二組に分かれ一組は船で帰り、一組は陸を徒歩で帰ることにして、僕は叔父さんが離さないので陸を帰った。 陸の組は叔父さんと僕の・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・すなわち一転すれば冒険心となり、再転すれば山気となるのである。現に彼の父は山気のために失敗し、彼の兄は冒険のために死んだ。けれども正作は西国立志編のお蔭で、この気象に訓練を加え、堅実なる有為の精神としたのである。 ともかく、彼の父は尋常・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・しかも納屋衆は殆ど皆、朝鮮、明、南海諸地との貿易を営み、大資本を運転して、勿論冒険的なるを厭わずに、手船を万里に派し、或は親しく渡航視察の事を敢てするなど、中々一ト通りで無い者共で無くては出来ぬことをする人物であるから、縦い富有の者で無い、・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・彼は自分の恋愛をたんに情熱の高さばかりで肯定してゆく冒険ができなかった。彼にとって、そんな冒険はできない、というより、そんな「不道徳なこと」はできない、といった方がより当っている。そうだった。そしてその二つが同じように進んでいたとき、龍介は・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・それで二日の午前に、まず第一に陸軍から、大橋特務曹長操縦、林少尉同乗で、天候の観測をするよゆうもなく、冒険的に日光へ飛行機をかり、御用邸の上をせんかいしながら、「両陛下が御安泰にいらせられるなら旗をふって合図をされたい」としたためたかきつけ・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ この上むりして努めてみたって、たいしたことにもなるまい、こうして段々老いてゆくのだ、と気がついたときは、人は、せめて今いちどの冒険に、あこがれるようにならぬものであろうか。ファウストは、この人情の機微に就いて、わななきつつ書斎で独語してい・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・いままでの小説の形式に行きづまって、うんざりして、やっとこんな冒険の新形式を試みる事になったのですが、どうやら、きょうで物語の三分の二まで漕ぎつけて調子も出て来たようですから、少し、ほっとしているのです。ちらと青空も見えて来ました。ぎりぎり・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ドリスも冒険という冒険が好きだから、同じように嬉しがる。芝居のない日には、朝から晩まで差向いで楽む。 折々極親しい友達を呼んで来る。内証の宴会をする。それがまた愉快である。どうかすると盛んな酒盛になる。ドリスが色々な思附きをして興を添え・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
出典:青空文庫