・・・他の労働者達は焚き火にあたりながら冗談を云ったり、悪戯をしたりして、笑いころげていたが、京一だけは彼等の群から離れて、埃や、醤油粕の腐れなどを積上げた片隅でボンヤリ時間を過した。そのあたりからは、植物性の物質が腐敗して発する吐き出したいよう・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・君兪は金で面を撲るような九如を余り好みもせず、かつ自分の家柄からして下眼に視たことででもあろう、ウン御覧に入れましょうといって半分冗談に、真鼎は深蔵したまま、彼の周丹泉が倣造した副の方の贋鼎を出して視せた。贋鼎だって、最初真鼎の持主の凝菴が・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・「強盗と出かけるんだ。「智慧が無いねエ、ホホホホ。詰らない洒落ばかり云わずと真実にサ。「真実に遣付けようかと思ってるんだ。オイ、三年の恋も醒めるかナッ、ハハハ。「冗談を云わずと真誠に、これから前をどうするんだか談して安心さし・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・ なれてくると、俺もそんな冗談を云うようになった。「共産党がそんなことを云うと、品なしだぜ。」 とエンコに出ている不良がひやかした。 よく小説にあるように、俺たちは何時でもむずかしい、深刻な面をして、此処に坐ってばかりいるわ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・を突いて言うを、ええその口がと畳叩いて小露をどうなさるとそもやわたしが馴れそめの始終を冒頭に置いての責道具ハテわけもない濡衣椀の白魚もむしって食うそれがし鰈たりとも骨湯は頂かぬと往時権現様得意の逃支度冗談ではござりませぬとその夜冬吉が金輪奈・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・「あれで、冗談ですぜ」 と学士もそこへ来て言って、高瀬に笑って見せた。 荒い人達のすることは高瀬を呆れさせた。しかしその野蛮な戯れは都会の退屈な饒舌にも勝って彼を悦ばせた。彼はしばらくこの地方に足を留め、心易い先生方の中で働いて・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・北村君は思い詰めているような人ではあったが、一方には又磊落な、飄逸な処があって、皮肉も云えば、冗談も云って、友達を笑わすような、面白い処もあった。前に出版した透谷集の方には写真を出し、後に出した透谷全集には弟の丸山君の書いた肖像画を出したの・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・「小母さんも青木さんはあたしの内証の子なんだかもしれないなんて冗談をおっしゃるんですよ」「あ、いつか小母さんが指へ傷をしたというのはもう直ったのですか」「ええただナイフでちょっと切ったばかりなんですから」 二人はこのような話・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・いつか鳩に就いての随筆を、地方の新聞に発表して、それに次兄の近影も掲載されて在りましたがその時、どうだ、この写真で見ると、おれも、ちょっとした文士だね、吉井勇に似ているね、と冗談に威張って見せました。顔も、左団次みたいな、立派な顔をしていま・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・こんな男を、いつまでも、ごろごろさせて置いては、もったいない、と冗談でなく、思いはじめた。生れて、はじめて、自愛という言葉の真意を知った。エゴイズムは、雲散霧消している。 やさしさだけが残った。このやさしさは、ただものでない。ばか正直だ・・・ 太宰治 「一日の労苦」
出典:青空文庫