・・・ 冗談はさておいて、この池が、これまでに、いろいろのまじめな研究の材料を供給している事も、数え上げれば、少なくないようである。 池中に棲息するある生物の研究を、学位論文の題目とした先輩が、少なくも二人はあるそうである。 田中館先・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・というようなことを冗談半分に云われたことがある。なんでも昔寄宿舎で浜口雄幸、溝淵進馬、大原貞馬という三人の土佐人と同室だか隣室だかに居たことがある、そのときこの三人が途方もない大きな声で一晩中議論ばかりしてうるさくて困ったというのである。・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・朝寝が好きで、髪を直すに時間を惜しまず、男を相手に卑陋な冗談をいって夜ふかしをするのが好きであるが、その割には世帯持がよく、借金のいい訳がなかなか巧い。年は二十五、六、この社会の女にしか見られないその浅黒い顔の色の、妙に滑っこく磨き込まれて・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・其様子から物言いまで曾てカッフェーにいた時分、壁や窓に倚りかかって、其の辺に置いてある植木の葉をむしり取って、噛んでは吐きだしながら冗談を言っていた時とは、まるで別の人になっている。僕はさてこそと、変化の正体を見届けたような心持で、覚えず其・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・これはもとより冗談であるが、先生の頭の奥に、区々たる場所を超越した世界的の観念が潜んでいればこそ、こんな挨拶もできるのだろう。またこんな挨拶ができればこそ、たいした興味もない日本に二十年もながくいて、不平らしい顔を見せる必要もなかったのだろ・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生の告別」
・・・をしなければならないのを、なろう事ならしないで用を足してそうして満足に生きていたいというわがままな了簡、と申しましょうかまたはそうそう身を粉にしてまで働いて生きているんじゃ割に合わない、馬鹿にするない冗談じゃねえという発憤の結果が怪物のよう・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・運転手と火夫とが、船頭に何か冗談を云って、朗かに笑った。 私は静に立ち上った。 そして橋の手すりに肘をついて浚渫船をボンヤリ眺めた。 夜明け方の風がうすら寒く、爽かに吹いて来た。潮の匂いが清々しかった。次には、浚渫船で蒸汽を上げ・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・よそうよ。冗談じゃない。よそう。あ痛っ。あぁあ、とうとう穴があいちゃった。」「どうだ。この空気のうまいこと。」「おい。帰ろうよ。ひっぱらないで呉れよ。」「実にいい景色だねえ。」「放して呉れ。放して呉れ。放せったら。畜生。」・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・仙二は、苦笑しながら半分冗談、半分本気で云った。「あげえ業の深けえ婆、世話でも仕ずに死なしたら、忘れっこねえ、きっと化けて出よるぜ」 沢や婆は、幸死なずに治れた。が、すっかり衰えた。憎たらしい、横柄な口も利かなくなった。いずれにせよ・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・とナポレオンは片手を上げて冗談を示すと、階段の方へ歩き出した。 ネーは彼の後から、いつもと違ったナポレオンの狂った青い肩の均衡を見詰めていた。「ネー、今夜はモロッコの燕の巣をお前にやろう。ダントンがそれを食いたさに、椅子から転がり落・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫