・・・浮世の形を写すさえ容易なことではなきものを況てや其の意をや。浮世の形のみを写して其意を写さざるものは下手の作なり。写して意形を全備するものは上手の作なり。意形を全備して活たる如きものは名人の作なり。蓋し意の有無と其発達の功拙とを察し、之を論・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・我謂うところの「ありのままに写す」とはすなわち「誠」にほかならず。後世の歌人といえども、誠を詠め、ありのままを写せ、と空論はすれどその作るところのかえっていつわりのたくみを脱するあたわざるは誠、ありのまま、の意義を誤解せるによる。西行のごと・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・かつその客観を写すところきわめて麁鹵にして精細ならず。例えば絵画の輪郭ばかりを描きて全部は観る者の想像に任すがごとし。全体を現わさんとして一部を描くは作者の主観に出づ。一部を描いて全体を想像せしむるは観る者の主観に訴うるなり。後世の文学も客・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ときかれて、ヴォルテールの言葉を写す方を選んだエピソードも生れた。彼等が幾百ぺんかかきうつしたヴォルテールの言葉というのは次の文句であった。「わたしは君の意見に全く反対である。けれども君がそれを話すという権利は飽くまでも守るであろう。」・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・の人物を写す立派な筆、情のこまやかな、江戸前の歌舞伎若衆の美くしかった頃の作者に見る様なこまかい技巧をもって、もう少し考えさせる材料に手をつけられたらばと思う。 私は必して、紅葉山人や一葉女史が、取るに足らない作家だったとか何とかけなす・・・ 宮本百合子 「紅葉山人と一葉女史」
・・・見出そうとするように此心を、さながらに写す 言葉か、ものかを見出そうとするように。 *それは、あの人の詩はよい。優雅だ。 実に驚くべき言葉のケンラン。けれども。――そうです。あの方のも、素敵で・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・芸術論の中に云われているとおり、芸術はあるものを写すものではなくって、あるべきものを描き出すのであるとすれば、氏の芸術が中産階級の生活を描いた時、その思想や感情が現在あるもののみを写す限度に止るようなことは、決して作者としての自己に許し得な・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
・・・を区別したことは、君の作画の態度と照合して注目に価する。一般に意味せられている写実とは、「事実」を写すのである。しかし芸術の名に価する写実は「真実」を写したものでなくてはならない。そうしてこの「真実」は写す人の心の内にある。同じ自然を写して・・・ 和辻哲郎 「『劉生画集及芸術観』について」
出典:青空文庫