・・・ この二つの錯覚の場合は映画の写像の、客観的には不安全な写実能力が、いかに多く観客の頭の中に誘発される連想の補足作用によって助長されているかを示す実例として注意さるべきものかと思われるのである。 十三 「世界の終わり」と・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・三次元の実体は二つ同時に同一空間を占める事はできないが、平面は何枚重ねても平面であるから、映画の写像はいくつでも重ね写しができる。オーヴァーラップの技巧はこの点を利用したものに過ぎない。しかも、これによって、生きている人をそのままに透明な幽・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・寸法が精確に測定されていながら、写像がぼんやりしているよりも、像の印象が精確に捕えられていて、寸法のぼんやりしている方が、われわれにはずっとありがたい。 さてそのような観点から麦積山の写真をながめていて、まず痛切に感ずるところは、こ・・・ 和辻哲郎 「麦積山塑像の示唆するもの」
出典:青空文庫