・・・僕は学校の冬休みを利用し、はるばる彼を尋ねて行った。彼の病室は日当りの悪い、透き間風の通る二階だった。彼はベッドに腰かけたまま、不相変元気に笑いなどした。が、文芸や社会科学のことはほとんど一言も話さなかった。「僕はあの棕櫚の木を見る度に・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・私は、大作家になる望みを失い、一日いっぱい溜息ばかり吐いていたし、このままでいてはついには気が狂って了うかも知れぬと思い、せっかくの冬休みをどうにか有効に送りたい心もあって、その温泉行を決意したのであった。私はそのころ、年若く見られるのを恥・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・けれどもあなたは夏休みにも冬休みにも一こう村へ帰って来ないで、そのうちにあなたが、あなたの学校の先生で小説家でもある島田哲郎と結婚したという事を聞きました。まあ私の間の悪さはどんなだったか、察して下さい。私はそれから人が変りました。うちの精・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・学生時代の冬休みに、東海道を往復するのに、ほとんどいつでも伊吹山付近で雪を見ない事はなかった。神戸東京間でこのへんに限って雪が深いのが私には不思議であった。現に雪の降っていない時でも伊吹山の上だけには雪雲が低くたれ下がって迷っている場合が多・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
・・・ たしか三年の冬休みに修善寺へ行ってレーリーの『音響』を読んだ。湯に入り過ぎたためにからだが変になって、湯から出ると寒気がするので、湯に入っては蒲団に潜ってレーリーを読み、また湯に入っては蒲団を冠ってレーリーを読んだ。風邪を引いた代りに・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・高等学校時代のある冬休みに大牟田炭坑を見学に行った時のことである。冬服にメリヤスを重ね着した地上からの訪問者には、地下増温率によって規定された坑内深所の温度はあまりに高過ぎた。おまけに所々に蒸気機関があり、そのスチームパイプが何本も通ってい・・・ 寺田寅彦 「夏」
出典:青空文庫