・・・世尊の御出世は我々衆生に、笑う事を教えに来られたのじゃ。大般涅槃の御時にさえ、摩訶伽葉は笑ったではないか?」 その時はわたしもいつのまにか、頬の上に涙が乾いていました。すると御主人は簾越しに、遠い星空を御覧になりながら、「お前が都へ・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・それに俺しには道楽という道楽も別段あるではなし、一家が暮らして行くのにはもったいないほどの出世をしたといってもいいのだ。今のようなぜいたくは実は俺しにとっては法外なことだがな。けれどもお前はじめ五人の子を持ってみると、親の心は奇妙なもので先・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 本人始めての活版だし、出世第一の作が、多少上の部の新聞に出たことでもあれば、掲載済の分を、朝から晩まで、横に見たり、縦に見たり、乃至は襖一重隣のお座敷の御家族にも、少々聞えよがしに朗読などもしたのである。ところがその後になって聞いてみ・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・それから暫らく経って椿岳の娘が同じお師匠さんに入門すると、或時家内太夫は「あなたのお店の作さんは大層出世をしたと見えてこの頃は馬に乗ってますネ、」といった。作さんという人は店に在ないから、椿岳の娘は不思議に思って段々作さんという人の容子を聞・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・村の人たちは、牛女の子供が出世をしたのを喜び、祝いました。 牛女の子供は、なにか、自分は事業をしなければならぬと考えました。そこで村に広い地面を買って、たくさんのりんごの木を植えました。大きないいりんごの実を結ばして、それを諸国に出そう・・・ 小川未明 「牛女」
・・・私はこんなに老いぼれていても少佐だから、私の首を持ってゆけば、あなたは出世ができる。だから殺してください。」と、老人はいいました。 これを聞くと、青年は、あきれた顔をして、「なにをいわれますか。どうして私とあなたとが敵どうしでしょう・・・ 小川未明 「野ばら」
・・・秋山さんの安否が気になってきて、はたして秋山さんは来るだろうかと、田所さんたちに会うたび言い言いしていたところ、ちょうど、彼岸の入りの十八日の朝刊でしたか、人生紙芝居の記事を特種にしてきた朝日新聞が「出世双六、五年の“上り”迫る誓いの日、さ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・軽部は大阪天王寺第×小学校の教員、出世がこの男の固着観念で、若い身空で浄瑠璃など習っていたが、むろん浄瑠璃ぐるいの校長に取りいるためだった。下寺町の広沢八助に入門し、校長の相弟子たる光栄に浴していた。なお校長の驥尾に附して、日本橋五丁目の裏・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 何れにしても、彼等は尻尾を出さなければ必ず出世できるという幸運を約束されているという点で、一致していた。後年私は、新聞紙上で、軍人や官吏が栄転するたびに、大正何年組または昭和何年組の秀才で、その組のトップを切って栄進したという紹介記事・・・ 織田作之助 「髪」
・・・女房の尻に敷かれる人はかえって出世するものだって……。ああ、いやらしい言葉だと私は眉をひそめたが、あとでその母の言葉をつくづく考えて、なぜだかはっとした。 二月の吉日、式を挙げて、直ぐ軽部清正、同政子と二人の名を並べた結婚通知状を三百通・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
出典:青空文庫