・・・――その側を乱暴に通りぬけながら、いきなり店へ行こうとすると、出合い頭に向うからも、小走りに美津が走って来た。二人はまともにぶつかる所を、やっと両方へ身を躱した。「御免下さいまし。」 結いたての髪をにおわせた美津は、極り悪そうにこう・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ 扉を開けた出会頭に、爺やが傍に、供が続いて突立った忘八の紳士が、我がために髪を結って化粧したお澄の姿に、満悦らしい鼻声を出した。が、気疾に頸からさきへ突込む目に、何と、閨の枕に小ざかもり、媚薬を髣髴とさせた道具が並んで、生白けた雪次郎・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・仲店の角をつっきるとき私は出会頭、大きな赤い水瓜みたいなものをハンドルに吊下げて動き出した自転車とぶつかりそうになった。破れる、と思わず瞬間ぎょっとしあわてて避けたはずみに見ると、それは水瓜ではなく、子供の遊戯に使う大きな赤革のボールであっ・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・ 若し、私でなくっても誰かが思いがけない出会い頭に声でも立てたらどんな事になるか。 皆は、ほんとに誰一人目をさまさず声も聞かなかった事を、此上なくよろこび合った。 三面で見る様な、惨虐な場面が、どうしたはずみで起らないものでもな・・・ 宮本百合子 「盗難」
・・・町角と云わず、ふだんは似顔描きが佇んでいるようなところにまで女や男のひとたちが、鬱金の布に朱でマルを印したものと赤糸とをもって立っていて女の通行人を見ると千人針をたのんでいる。出会い頭に、ああすみませんがと白縮のシャツの中僧さんにたのまれた・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
出典:青空文庫