・・・それより小説は出発前に、きっと書いて貰えるでしょうね。小説家 (急に悄気さあ、とにかくその前には、書き上げるつもりでいるのですが、――編輯者 一体何時出発する予定ですか?小説家 実は今日出発する予定なのです。編輯者 今日です・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
一 白襷隊 明治三十七年十一月二十六日の未明だった。第×師団第×聯隊の白襷隊は、松樹山の補備砲台を奪取するために、九十三高地の北麓を出発した。 路は山陰に沿うていたから、隊形も今日は特別に、四列側面の行・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・なにしろ私は私の実情から出発する。私がもし第一の芸術家にでもなりきりうる時節が来たならば、この縷説は鶏肋にも値せぬものとして屑籠にでも投じ終わろう。 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・…… お光が中くらいな鞄を提げて、肩をいからすように、大跨に歩行いて、電車の出発点まで真直ぐに送って来た。 道は近い、またすぐに出る処であった。「旦那さん、蚤にくわれても、女ッ子は可哀相だと言ったが、ほんとかね。」 停・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・それで自分は、天神川の附近から高架線の上を本所停車場に出て、横川に添うて竪川の河岸通を西へ両国に至るべく順序を定めて出発した。雨も止んで来た。この間の日の暮れない内に牽いてしまわねばならない。人々は勢い込んで乳牛の所在地へ集った。 用意・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・「それが、さ、君忘れもせぬ明治三十七年八月の二十日、僕等は鳳凰山下を出発し、旅順要塞背面攻撃の一隊として、盤龍山、東鷄冠山の中間にあるピー砲台攻撃に向た。二十日の夜行軍、翌二十一日の朝、敵陣に近い或地点に達したのやけど、危うて前進が出来・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ たいていは、月のいい晩を見はからって、出発しました。なぜなら、長い海の上をゆくには、景色が見えなければ、退屈であるし、また途中から、船をたよって、飛んできて加わるものがないとはかぎらなかったからです。 あるとき、一羽のつばめは、船・・・ 小川未明 「赤い船とつばめ」
・・・あった、その時にその俳優が泊っていた宿屋に、その時十九になる娘があったが、何時しかその俳優と娘との間には、浅からぬ関係を生じたのである、ところが俳優も旅の身故、娘と種々名残を惜んで、やがて、己は金沢を出発して、その後もまた旅から旅へと廻って・・・ 小山内薫 「因果」
・・・可能性を描く近代小説が爛熟期に達している国で、サルトルが極度に追究された人間の可能性を、一度原始状態にひき戻して、精神や観念のヴェールをかぶらぬ肉体を肉体として描くことを、人間の可能性を追究する新しい出発点としたことは、われわれにはやはり新・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・しかし彼の出発のことは、四五日前決ってしまった。そこで彼はまったく私に絶望して、愛想を尽かしてしまったのだ、そして「君のような心がけの人は、きっと今に世の中から手ひどいしっぺ返しを喰うぞ」と、言った。しっぺ返しとは、どんなことを意味するであ・・・ 葛西善蔵 「遁走」
出典:青空文庫