・・・と云うよりはむしろその敷物自身が、百十の微粒分子になって、動き出したとも云うべきくらいであった。 仔蜘蛛はすぐに円頂閣の窓をくぐって、日の光と風との通っている、庚申薔薇の枝へなだれ出した。彼等のある一団は炎暑を重く支えている薔薇の葉の上・・・ 芥川竜之介 「女」
・・・はさらに、現実暴露、無解決、平面描写、劃一線の態度等の言葉によって表わされた科学的、運命論的、静止的、自己否定的の内容が、その後ようやく、第一義慾とか、人生批評とか、主観の権威とか、自然主義中の浪漫的分子とかいう言葉によって表さるる活動的、・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・と称したについてはその内容の意味は種々あろうが、要するに、「文学には常に必ず多少の遊戯分子を伴うゆえに文学ではドウシテも死身になれない」と或る席上で故人自ら明言したのがその有力なる理由の一つであろう。が、文学には果して常に必ず遊戯的分子を伴・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・たゞ、この過渡期にあっては、知識階級中の若干分子が、その代弁者たることの止むを得ざることです。 それにつけて、都会の生活は、新聞に、雑誌に、実際をきくこと屡々なるけれど、今日の田舎の生活は、真実にして、尚お、階級意識の支持者たる、真のプ・・・ 小川未明 「街を行くまゝに感ず」
・・・知的分子もあるに相違ないが、情緒の加わらぬ芸術はない。此の意味に於て芸術は、常に永久性を持っているものである。芸術の与うる感じは愉悦の感じでなければならぬ。男性的のものゝ中にも女性を帯びたものでなければならぬ。言を換えていえば芸術の姿其れ自・・・ 小川未明 「若き姿の文芸」
・・・もし梅子嬢の欠点を言えば剛という分子が少ない事であろう、しかし完全無欠の人間を求めるのは求める方が愚である、女子としては梅子嬢の如き寧ろ完全に近いと言って宜しい、或は剛の分子の少ないところが却て梅子嬢の品性に一段の奥ゆかしさを加えておるのか・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・ 支那人は、抑圧せられ、駆逐せられてなお、余喘を保っている資本主義的分子や、富農や意識の高まらない女たちをめがけて、贅沢品を持ちこんでくるのだ。一足の絹の靴下に五ルーブルから、八ルーブルの金を取って帰って行く。そして国境外では、サヴエー・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ 無産政党 いまだに、無産政党とか、労農党とかいうと危険な理窟ばかりを並べたて、遊んで食って行く不良分子の集りとでも思っている百姓がだいぶある。 彼等には、既成政党とか、無産政党とか、云ったゞけでは、それがどういうも・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・即ち天に關する分子なり。 次に舜典に徴するに、舜は下流社會の人、孝によりて遂に帝位を讓られしが、その事蹟たるや、制度、政治、巡狩、祭祀等、苟も人君が治民に關して成すべき一切の事業は殆どすべて舜の事蹟に附加せられ、且人道中最大なる孝道は、・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・これはもちろん二つの間のストーリーの根本的の差違によることであり、また一方では劇的分子、一方では音楽的分子が主要なものになっているためもあるが、しかしまた二人の監督の手法の些細な点まで行き渡った違いによることも明白である。侯爵家の家従がパッ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫