・・・白痴が羊羹を切るように世界の事が料理されてたまるものか。元来古今を貫ぬく真理を知らないから困るのサ、僕が大真理を唱えて万世の煩悩を洗ッてやろうというのも此奴らのためサ。マア聞き玉え真理を話すから。迂濶に聞ていてはいけないよ、真理を発揮してや・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・氏も分らぬ色道じまんを俊雄は心底歎服し満腹し小春お夏を両手の花と絵入新聞の標題を極め込んだれど実もってかの古大通の説くがごとくんば女は端からころりころり日の下開山の栄号をかたじけのうせんこと死者の首を斬るよりも易しと鯤、鵬となる大願発起痴話・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ 三吉は子供らしい手付で水を切る真似をして見せた。さもうまそうなその手付がおげんを笑わせた。「東京の兄さん達も何処かで泳いでいるだらずかなあ」 とまた三吉が思出したように言った。この子はおげんが三番目の弟の熊吉から預った子で、彼・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ウイリイはその中からほかのよりも少し軽いわらしびをより出してまたナイフで切るまねをしました。王女はびっくりして姿を現わして、「そのわらを切られると私の命がなくなるのですから。」と言ってあやまり、「それでは、もういきましょう。」と言い・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・まともに生き切る努力をしようぜ。明日の生活の計画よりは、きょうの没我のパッションが大事です。戦地に行った人たちの事を考えろ。正直はいつの時代でも、美徳だと思います。ごまかそうたって、だめですよ。明日の立派な覚悟より、きょうの、つたない献身が・・・ 太宰治 「或る忠告」
・・・たとえば月を断ち切る雲が、女の目を切る剃刀を呼び出したり、男の手のひらの傷口から出て来る蟻の群れが、女の腋毛にオーバーラップしたりする。そういう非現実的な幻影の連続の間に、人間というものの潜在的心理現象のおそるべき真実を描写する。この点でこ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・今日の我らが人情の眼から見れば、松陰はもとより醇乎として醇なる志士の典型、井伊も幕末の重荷を背負って立った剛骨の好男児、朝に立ち野に分れて斬るの殺すのと騒いだ彼らも、五十年後の今日から歴史の背景に照らして見れば、畢竟今日の日本を造り出さんが・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ 踏んばって二度目に腰を切ると、天秤がギシリ――としなって、やがて善ニョムさんは腰で調子をとりながら、家の土橋を渡って野良へ出た。 三 榛の木畑は、榛の木並樹の土堤下に沿うた段々畑であった。 土堤の尽きるはる・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・酒は好きで、酔うと客の前でもタンカを切る様子はまるで芸者のようで。一度男にだまされて、それ以来自棄半分になっているのではないかと思われるところもあったが、然し祝儀の多寡によって手の裏返して世辞をいうような賤しいところは少しもなかったので、カ・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・姻戚のものとも諮って家を掩いかぶせた其の竹や欅を伐ることにした。彼は監獄署へ曳かれるのは身を斬られるよりもつらかった。竹でも欅でも何でも惜しくないと彼は思った。だが其頃はまだ竹や木を伐採するには季節が早過ぎたのと一つは彼の足もとをつけ込む商・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫