・・・ 作人はその間に、魯迅と一緒にあずけられた家から祖父の妾の家へ移って、勉学のかたわら獄舎の祖父の面会に行ったり、「親戚の少女と淡い、だが終生忘られない初恋を楽しんだりしていた。」 魯迅と作人との少年時代の思い出は、このように異った二・・・ 宮本百合子 「兄と弟」
・・・このごろ初恋につれて新しい興味をもたれているデイアナ・ダーヴィン、この女優はその歌にほんとうの濃やかな味わいがないとおりに、修業や世俗の悧巧さでおおいきれない素質としての平凡さ、詰らなさがあるように感じられる。 日本の映画女優で、頭のい・・・ 宮本百合子 「映画女優の知性」
・・・「へえ、だって初恋の味がするっていうじゃあないの、初恋はそんな? すっぱい? どれ」 フダーヤは、私より勇敢だから、すぐお湯をまして飲んだ。私は、彼女の顔つきを見守りながら訊いた。「どう?」「一つのんで御覧なさい」「――・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・一平さんが、人生漫画を描いていられる頃であったか、カルピスは初恋の味というような文句のついたユーモラスな絵が一平画とサインされてあったのは新聞などで見かけていたのだろう。そのカルピスが、かの子さんによって重々しく出されたので、そこに又ユーモ・・・ 宮本百合子 「作品の血脈」
・・・ バルザックにとってこの結合は初恋であり、ベルニィ夫人にとっては最後の恋であった。この結合において、若いバルザックの受けた影響の深刻さは、彼の無限な作家的観察力をもっても猶自身の力では計ることが不可能であったと思われる程のものがある。ベ・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・青年・壮年のトルストイが、自分の肉体的な力に罪悪を感じたり、自身の官能の鋭さを荷厄介にしたりして、それを刺戟する女性を呪い憎んでいるに対して、同じ年頃のゴーリキイは、何と素朴な初恋を経験していたことであろう。この初恋は、ゴーリキイが「初恋に・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
・・・ このチフリスで、ゴーリキイは初恋のオリガがパリから二年前よりさらに美しくなり、良人をのこして帰って来ることを知った。狂喜のあまり彼は卒倒した。 ニージュニイに帰った。ゴーリキイは月二ルーブリのひどい離家をかりて、オリガとその小さい・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
・・・何でも自然の作ったものを見る彼の女の様子は初恋の女がその恋人を見る様に水々しくうれしそうでさわる時には、苦しいほどのよろこびとに体をふるわせて居た。彼の女はあけても暮れても自然の美くしさに笑い歌い又泣きもして居た。男の事は頭の中になかった。・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・ この三人暮しの有様は、オリガがなくなって後書かれた「初恋について」の中に色濃やかな鮮やかさで、情愛ふかく描かれている。 コロレンコとの友情が深められたのもこの時分であり、自分の文学的労作についてだんだん真面目に考えるようになって来・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
・・・つまり、気の利かない青年が初恋をしていると云う素振をなさいましたのですね。男。なるほど。なるほど。貴夫人。そのうちわたくしが奥さんに、「ねえ、テレエゼさん、わたし今夜はもう帰ってよ」と云うと、あなたがその奥さんの側を離れて、いなくな・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
出典:青空文庫