・・・「えッ?」 と、訊きかえすと、「あんた、知りはれしまへんのんか。肺病に石油がよう効くということは、今日び誰でも知ってることでんがな」「初耳ですね」「さよか。それやったら、よけい教え甲斐がおますわ」 肺病を苦にして自殺・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・私は不安な当てで名前も初耳な次の二里ばかりも離れた温泉へ歩かなければならなかった。その道でとうとう私は迷ってしまい、途方に暮れて暗のなかへ蹲まっていたとき、晩い自動車が通りかかり、やっとのことでそれを呼びとめて、予定を変えてこの港の町へ来て・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・私は貴下が好きなので、如上の自分の喜びを頒つ意味と、若し秋田さんの話が貴下に初耳ならば、御仕事をなさる上にこの御知らせが幾分なりとも御役に立つのではないかと実はこの手紙を書きました。そうして、貴下の潔癖が私のこのやりかたを又怒られるのではな・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・と不機嫌そうに言い、しばらく考えて居られる御様子で、「しかし、それは初耳だった。アメリカが東で、日本が西というのは気持の悪い事じゃないか。日本は日出ずる国と言われ、また東亜とも言われているのだ。太陽は日本からだけ昇るものだとばかり僕は思って・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・それにしても、あの鴎外がいいとしをして、宴会でつかみ合いの喧嘩をしたとは初耳である。本当かしら。黄村先生は、記録にちゃんと残っている、と断言していたが、出鱈目ではなかろうか。私は半信半疑で鴎外全集を片端から調べてみた。しかるに果してそれは厳・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ それは初耳。めずらしい話だな。眉山みずからの御託宣ですか?」「そうですとも。その貴族の一件でね、あいつ大失敗をやらかしてね、誰かが、あいつをだまして、ほんものの貴婦人は、おしっこをする時、しゃがまないものだと教えたのですね、すると、あ・・・ 太宰治 「眉山」
・・・第二の女 まあ――、初耳でございますわ。 こんないやらしい事をじかにきかなかったのがまだしもの事でございますわ、ほんとうにねえ――第三の女 あんな馬鹿な心配をしたと笑って仕舞う取越苦労だったら、どんなに嬉しいでございましょう・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫