・・・今日、両親と別れるのが辛くて歎いている心は、やがて、自分の為になる財産の一つとなるだろうと考えたので、彼は、それをも、スバーに対する信用の一つに加えました。牡蠣についた真珠のように、娘の涙は彼女の価値を高めるばかりでした。彼は、スバーが自分・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・一緒にいた女の人と、私は別れる事になったのであるが、その時にも実に北さんにお手数をかけた。いちいちとても数え切れない。私の実感を以て言うならば、およそ二十の長篇小説を書き上げるくらいの御苦労をおかけしたのである。そうして私は相変らずの、のほ・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・いつの間にか自分と云うものが二人に別れる。二人ではあるがどちらも自分である。元来一つであるべきものが無理に二つに引きわけられ、それが一緒になろう/\と悶え苦しむようでもあり、また別れよう/\とするのを恐ろしい力で一つにしよう/\と責め付けら・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・ それから別れる場合の、話しのつけ方と、交渉にあたる人とを、道太は指名した。「どうも僕じゃ少し工合がわるい。つい厭なことも言わなけあならないから」「そうや。どうも法律を知っているといって、力んでいるそうやさかえ」「まあしかし・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ ああ、わたくしは死んでから後までも、生きていた時のように、逢えば別れる、わかれのさびしさに泣かねばならぬ人なのであろう……。 ○ 薬研堀がまだそのまま昔の江戸絵図にかいてあるように、両国橋の川しも、旧米沢・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・それがこっちから訪ねる場合は、何時でも随意に別れることが出来るのである。この「告別の権利」が、自分になくって来客の手にあるということほど、客に対して僕を腹立たしくすることはない。 一体に交際家の人間というものは、しゃべることそれ自身に興・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・平田さんに別れるくらいなら――死んでも別れないんだ。平田さんと別れちゃ生きてる甲斐がない。死んでも平田さんと夫婦にならないじゃおかない。自由にならない身の上だし、自由に行かれない身の上だし、心ばかりは平田さんの傍を放れない。一しょにいるつも・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・の求婚使節になって来たある公爵だかと、計らず雪の狩猟の山小舎で落ち合い、クリスチナが男の服装なのではじめ青年と思い一部屋に泊り、三日三晩くらすうちクリスチナが女であることがわかり互に心をひきつけられて別れる。御殿へ出て、はじめてクリスチナの・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・それから三笠艦を見物して、横須賀の駅で別れるとき、「では、もう僕はお眼にかかれないと思いますから、お元気で。」 はっきりした眼付きで、栖方はそう云いながら、梶に強く敬礼した。どういう意味か、梶は別れて歩くうち、ふと栖方のある覚悟が背・・・ 横光利一 「微笑」
・・・で、いよいよ別れることにして立ち上がろうとした。その時またちょっとした話の行きがかりでなお十分ほど尻を落ち付けて話し込むような事になった。それでも玄関へ降りた時には、さほど急がずに汽車に間に合うつもりであった。で、玄関に立ったまま、それまで・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫