・・・家が狭いためか、または余を別室に導く手数を省いたためか、先生は余を自分の食卓の前に坐らして、君はもう飯を食ったかと聞かれた。先生はその時卵のフライを食っていた。なるほど西洋人というものはこんなものを朝食うのかと思って、余はひたすら食事の進行・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・ 松葉茶をのんでいるのだろうが、この茶屋の隠居さんは腎臓がわるいとかで、凝った隠居部屋のわきの別室に寝台を置いている。お内儀さんが、わざと、そこの部屋の見えるように障子をあけた。きっと、山の中では珍しい寝台やその上にかかっている厚い羽根・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・ 赤坊たちは、母親とは別室だ。ズラリと揺籃を並べ、小さい胸元に金の番号札をつけて眠ったり、欠伸をしたり、元気のいい赤坊唱歌をやったりしてる。 赤坊たちの胸に光ってる金の番号札が、母親の寝台番号だ。三時間おきに、保姆がめいめいの寝台に・・・ 宮本百合子 「モスクワ日記から」
・・・ 余興の席は廊下伝いに往く別室であった。正面には秋水が著座している。雑誌の肖像で見た通りの形装である。顔は極て白く、脣は極て赤い。どうも薄化粧をしているらしい。それと並んで絞の湯帷子を著た、五十歳位に見える婆あさんが三味線を抱えて控えて・・・ 森鴎外 「余興」
・・・ 七 こういう或る日、彼はこっそり副院長に別室へ呼びつけられた。「お気の毒ですが、多分、あなたの奥様は、」「分りました。」と彼はいった。「この月いっぱいだろうと思いますが……」「ええ。」「私た・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫