・・・山の端削りて道路開かれ、源叔父が家の前には今の車道でき、朝夕二度に汽船の笛鳴りつ、昔は網だに干さぬ荒磯はたちまち今の様と変わりぬ。されど源叔父が渡船の業は昔のままなり。浦人島人乗せて城下に往来すること、前に変わらず、港開けて車道でき人通り繁・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・ 自分は今天覧の場合の失敗を恐れて骨を削り腸を絞る思をしているのである。それに何と昔からさような場合に一度のあやまちも無かったとは。「ムーッ。」と若崎は深い深い考に落ちた。心は光りの飛ぶごとくにあらゆる道理の中を駈巡ったが、何を・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・木綿糸の結び玉や、毛髪や動物の毛らしいものや、ボール紙のかけらや、鉛筆の削り屑、マッチ箱の破片、こんなものは容易に認められるが、中にはどうしても来歴の分らない不思議な物件の断片があった。それからある植物の枯れた外皮と思われるのがあって、その・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・きれいに掃いた道に青竹の削りくずや鉋くずが散らばって楝の花がこぼれている。桶屋は黒い痘痕のある一癖ありそうな男である。手ぬぐい地の肌着から黒い胸毛を現わしてたくましい腕に木槌をふるうている。槌の音が向こうの丘に反響して静かな・・・ 寺田寅彦 「花物語」
震災の後上野の公園も日に日に旧観を改めつつある。まず山王台東側の崖に繁っていた樹木の悉く焼き払われた後、崖も亦その麓をめぐる道路の取ひろげに削り去られ、セメントを以て固められたので、広小路のこなたから眺望する時、公園入口の・・・ 永井荷風 「上野」
・・・例の爺さんは今しも削りあげた木を老眼にあてて覚束ない見ようをして居る。 やっちゃ場の跡が広い町になったのは見るたびに嬉しい。 坂本へ出るとここも道幅が広がりかかって居る。 二号の踏切まで行かずに左へ曲ると左側に古綿などちらかして・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・ そして画かきはじぶんの右足の靴をぬいでその中に鉛筆を削りはじめました。柏の木は、遠くからみな感心して、ひそひそ談し合いながら見て居りました。そこで大王もとうとう言いました。「いや、客人、ありがとう。林をきたなくせまいとの、そのおこ・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・めざめた人民の命を削りながら日一日とひどくなるインフレーションに対し、はじめからインフレーション政策をとっている石橋が今ラジオで再び幼な児の如く政府を信じろというとき人民は目をみはります。今になって幼な児になって餓死して天国に入ることは欲し・・・ 宮本百合子 「今度の選挙と婦人」
・・・それから丁寧に鉛筆の削り屑を机の下の紙くず籠へすてて「……リベディンスキーの『一週間』というのは日本に知られてるだろうかな?」といった男だ。 ――あんたがた、レーニンの室見せて貰いましたかね。 不意にムイロフが訊ねた。 ――いい・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・そして、帝国主義というものの矛盾としてあらわれるそのような二枚刃のカンナの削り作業に対して、異議をとなえる意見や発言の限界は、「君たちは話すことができる」一九四六年ごろとは非常に変って来た。 これらの変化のあるものは、厚かましい公然さで・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
出典:青空文庫