・・・そこで私はすべての印象を反対に、磁石のあべこべの地位で眺め、上下四方前後左右の逆転した、第四次元の別の宇宙を見たのであった。つまり通俗の常識で解説すれば、私はいわゆる「狐に化かされた」のであった。 3 私の物語は此所・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 制服、私服の警官隊が四人、前後からドカドカッと入って来た。便所の扉を開いた。洗面所を覗いた。が、そこには誰も居なかった。「この車にゃ居ない!」「これは二等だ、三等に行け!」「発車まで出口を見張ってろ!」 二人の制服巡査・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・十月ごろから食べはじめ、三月のいわゆる菜種河豚でおしまいにするが、なんといっても正月前後がシュンだ。そこで、正月の松の内に、五、六人の友人と一隻のポンポン船で遠征し、寒さでみんなカゼを引いてしまった。しかも、河豚は二匹しか釣れず、その一匹を・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・依て窃に案ずるに、本文の初に子なき女は去ると先ず宣言して、文の末に至り、妾に子あれば去るに及ばずと前後照応して、男子に蓄妾の余地を与え、暗々裡に妻をして自身の地位を固くせんが為め、蓄妾の悪事たるを口に言わずして却て之を夫に勧めしむるの深意な・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・うべし一 富継健三の養育は柳子殿ニ頼む一 柳子殿は両人を連れて実家へ帰らるべし一 富継健三の所得金は柳子殿に於て保管あるべし一 柳子殿は時機を見て再婚然るべし 一時の感情に任せ前後の考もなく薙髪などするは愚の極なり忘・・・ 二葉亭四迷 「遺言状・遺族善後策」
・・・ただ杜甫の経歴の変化多く波瀾多きに反して、曙覧の事蹟ははなはだ平和にはなはだ狭隘に、時は逢いがたき維新の前後にありながら、幾多の人事的好題目をその詩嚢中に収め得ざりしこと実に千古の遺憾なりとす。〔『日本』明治三十二年三月二十六日〕『・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・デストゥパーゴに会おうか、警察へ行って、イーハトーヴォでさがしているデストゥパーゴだと云って押えてしまってもらおうかと、そのときまで考えていましたが、いまデストゥパーゴの家のなかへはいるのを見るともう前後を忘れて走り寄りました。「デスト・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ 技術的に諷刺的表現の或る自由さを身につけた頃、小熊さんや私の属していた文学の団体は解かれて、その前後の時代的な社会と文学との波瀾の間で小熊さんの諷刺性は、周囲の刺激に対して鋭く反応せずにいられない特性とともに、何処となく諷刺一般におち・・・ 宮本百合子 「旭川から」
従四位下左近衛少将兼越中守細川忠利は、寛永十八年辛巳の春、よそよりは早く咲く領地肥後国の花を見すてて、五十四万石の大名の晴れ晴れしい行列に前後を囲ませ、南より北へ歩みを運ぶ春とともに、江戸を志して参勤の途に上ろうとしている・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 一人は五十前後だろう、鬼髯が徒党を組んで左右へ立ち別かれ、眼の玉が金壺の内ぐるわに楯籠り、眉が八文字に陣を取り、唇が大土堤を厚く築いた体、それに身長が櫓の真似して、筋骨が暴馬から利足を取ッているあんばい、どうしても時世に恰好の人物、自・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫