・・・これは前述のような理由で音声の音色が変わる事と、反射面に段階のあるために音が引き延ばされまた幾人もの声になって聞こえる事と、この二つの要素がちゃんとつかまれていたからである。思うにこの役者は「木魂」のお化けをかなりに深く研究したに相・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・これに反してナチュラリズムの道徳は前述の如く、寛容的精神に富んでいる。事実を事実としてありのままを描いたものが、真のナチュラリズムの文学である。自己解剖、自己批判、の傾向が段々と人心の間に広まりつつあり、精神が極めて平民的に、換言すれば平凡・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・この意志が文芸的にあらわれ得るためには、やはり前述の条件に従って、感覚的な物を通じて具体化されなくてはなりません。そうすると、感覚的な物は道具であって、この道具のために意志の働きが判然とあらわれてくる。しかし道具はどこまでも道具で、意志があ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・を提唱する作家たちのような内容づけと、大衆自身が自分たちの生活と年齢との中で実際感じている大人の実体との間に、前述のように質の全く違う理解を生じるに至っている。 少年、青年時代は、人の一生を見てもある点模倣がつよい。一国の文化、文学につ・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
・・・また一九四六―七年にかけて労働者階級によって経験された広汎な闘争が、前述のような戦争中の階級意識の剥奪をとりかえすために十分な政治教育が間に合わなかったために、経済主義的にならざるを得なかった。社会の生きた関係の微妙さは、一九四五年冬以後は・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・ さて、前述のように、人間社会の生産力の発達につれて、今日まで発達して来た文化をおおまかにさかのぼってみると、まず始めに原始的文化があり、古代的、封建的文化の時代を経て近代資本主義的文化を持つ今日、という風に分けられると思う。ここで・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
・・・ 創作前後のこと 創作にとりかかると、そのことばかり頭にあって、前述のとおり、朝食後新聞も読まずに机にむかうという風で、そして、一つ創作が出来上らないうちに、他のものを書くというような器用なわざはわたしには不可・・・ 宮本百合子 「身辺打明けの記」
・・・ 私が心をうごかされたのは、その久美子さんの聰い観察力をもってしても、父である本間氏と母である本間夫人との間に交わされた前述の短い会話のやりとりの間に、如何に深刻な新しい歴史の担い手の社会的内容が暗示されているかを見やぶっておられない事・・・ 宮本百合子 「短い感想」
・・・ これが道長の運命に大きな変化を与えた。 前述の先輩達が順当に長寿したら、道長とてもあの目覚しい栄達は出来なかったであろう。それを、嗣ぐべき人が相ついで世を去った為道長は、あさましく夢なのどのようにとりあえず、なったのだ。と。・・・ 宮本百合子 「余録(一九二四年より)」
・・・この話をきいた時わたくしは前述の先生の言葉を思い出した。先生は学問の上においても同じようにきちょうめんな態度を取ろうとして、それが窮屈なためにやめられたのである。わたくしはそのころの京都大学の空気を知らないから、このきちょうめんさが外からの・・・ 和辻哲郎 「露伴先生の思い出」
出典:青空文庫