・・・だが文学は内容を新たにして今日に至り、現実を、現象的につかんでだけ書き得る所謂悲劇は、高められている、否、高められる可能性に立っていると少なくとも私は自身の文学の前面にそのようなものを感じているのだけれど。 これはこうかくと平凡のようだ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・生活との経済的なくみうちが前面にのっていて、しかも、これまでの日本の社会では、経済上、自立した一つの単位として見られることのなかった主婦、母たちのもがきであるために、苦悩と混乱とは名状しがたい。手記をかいている少数の人々の生活でさえそうなの・・・ 宮本百合子 「『この果てに君ある如く』の選後に」
・・・そのものを主役として前面へ押し出され「従来主人公だった人間が却って添景にまで後退するという行き方の小説も試みられてもいいように思う。歴史小説に於てより高い観点が要求されるとき制約のなかで最も留意すべきものはこの時間的及び空間的なものではある・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・を否定して客観小説を提唱し、より広い社会性を作品に齎す必要は、大衆について理解がそれぞれに違っている作家たちの間にも、共通な一つの翹望として今日彼等の関心の前面に置かれている。今日の紛糾した社会情勢の中で、現実の諸事情を文学作品の中に客観的・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・入ると、そこには、貧農の息子でのちに急進的に行動する清司、動揺する地方の人道主義的インテリゲンチアである小学教師の木村、窮乏による放火犯の息子であり、A村での農民組合組織者である与作などが、われわれの前面に押し出されて来る。 作者が、北・・・ 宮本百合子 「作家への課題」
・・・ 先生 ルネッサンス式の壮大な、単純と優雅とを調和させた大建築の前面に、厳然と立つアルマ・マターは、何と云うよき場所に置かれたのでございましょう。が、又このよき場所であるが故に、一層俗悪に見えるその黄金が、何と云う幻滅を感じさせます・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・こちらからはる子が進んで行く、二間半ばかり前面を横切って省線のステイションの方へ行く。横顔が確に千鶴子なので、はる子は覚えず立ち止った。そして声をかけようかと思った。丁度その刹那、上体を少し捩るような姿勢で歩いていた千鶴子が、唇を何とも云え・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・ ヨーロッパ諸国で、この事情は、もっと複雑な内容をもって歴史の前面にあらわれて来ている。私たち日本の女性も、その名と作品とはいくらか知っている文学者トーマス・マンが、ドイツからアメリカへ亡命したのはなぜであったろうか。アインシュタインが・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・今日の日本のプロレタリア文学運動においてこそ、「我々はかかる危険とあらゆる場面で闘争しつつ、我々の基本方針を更に前面に押し出し」「ブルジョア文学との闘争をより一層強化しなければならぬ」のである。〔一九三三年四・五月〕・・・ 宮本百合子 「前進のために」
・・・そのなかで彼が第三回大会で報告提案した「勤労者文学を前面におし出すこと、日本の民主主義文学は勤労者文学の前進なしにはつよくなることができないこと」そして「これを納得するか否かが第三回大会の眼目の一つである」ということを力説したかったとのべて・・・ 宮本百合子 「その柵は必要か」
出典:青空文庫