・・・天皇陛下は剛健質実、実に日本男児の標本たる御方である。「とこしへに民安かれと祈るなる吾代を守れ伊勢の大神」。その誠は天に逼るというべきもの。「取る棹の心長くも漕ぎ寄せん蘆間小舟さはりありとも」。国家の元首として、堅実の向上心は、三十一文字に・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・「何でも御馳走が食いたい」「阿蘇の山の中に御馳走があるはずがないよ。だからこの際、ともかくも饂飩で間に合せて置いて……」「この際は少し変だぜ。この際た、どんな際なんだい」「剛健な趣味を養成するための旅行だから……」「そん・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ けれども、彼の如く、上流の下、或は中の下位の社会的地位の者の家庭に滲み込んで居る、子供としての独立力の欠乏、剛健さの退廃と云うものは、確に自分に頭と一致しない矛盾を与えて居たと思う。 幸、性格的に自分は甘たるい、つんとした、そして・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・そんなにすべての若い才能の芽がつみとられ、剛健な中年の成熟が歪められ、老年の芸術家の叡智を低下させてしまったのである。 劇壇の人々は、戦争の間、どんな暮しをして来たのだろうか。「プラーグの栗並木の下で」を観ていて痛切に心に浮んだのはこの・・・ 宮本百合子 「俳優生活について」
・・・今や明日の文学は、その終局の統率的使命を以て、健康に剛健に、朗々として政治を併呑しなければならない。黙示の頁を剥奪すべき勇敢なる人々は、大いなる突喊の声を持たねばならぬ。 横光利一 「黙示のページ」
・・・もし手法の剛健を喜ぶならば、この画は新しい日本画として相当の満足を与えるであろう。 執拗な熱のある筆触、変化の多い濃淡、重厚な正面からの写実、――そういうものが日本画に望めるかどうか、それをかつて自分は問題にした。川端氏は黄熟せる麦畑の・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・新しい価値、自由にして剛健な内よりの道徳、個性の尊重、真の意味の実行、享楽の卑下、より高い者を実現するための誠実なる悩苦の生活。世紀末から世紀始めへかけて五六の偉人がその礎石を置いた。キェルケゴオルもまたその内に伍するのである。 こ・・・ 和辻哲郎 「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」
出典:青空文庫