・・・私は、人間の資格をさえ、剥奪されていたのである。 私は、いま、事実を誇張して書いてはいけない。充分に気をつけて書いているのであるから、読者も私を信用していいと思う。れいのひとりよがりの誇張法か、と鼻であしらわれるのが、何より、いやだ。当・・・ 太宰治 「鴎」
・・・エジントンの云うところを聞くと、一般相対原理はほとんどすべてのものから絶対性を剥奪した。すべては観測者の尺度による。ただ一つ残されたものが「作用」と称するものである。これだけが絶対不変な「純粋の数」である。素量説なるものは取りも直さずこの作・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・元来日本の婦人は婚姻の契約を無視せられて夫婦対等の権利を剥奪せられ、常に圧制の下に匍匐して男子に侮辱せらるゝ者なれば、人間の天性として心中不平なからんと欲するも得べからず。稀に或は其不平を色に現わし言の端に洩らすことあれば誹謗なり嫉妬なりと・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・つまり、人権剥奪の最もはげしい形である戦争への召集のために、個々の存在抹殺としての身分平等化が行われたわけであった。朝鮮の人々の日本名への改姓が強制されたと同じに――。しかし、日本の大学でも兵営でも、部落の人々の遭遇する運命は多難であった。・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・一九二七・八年からあとの日本の社会は、戦争強行と人権剥奪へ向って人民生活が坂おとしにあった時期であり、そこに生じた激しい摩擦、抵抗、敗北と勝利の錯綜こそ、「伸子」続篇の主題であった。そういう主題の本質そのものが、当時の社会状態では表現不可能・・・ 宮本百合子 「あとがき(『二つの庭』)」
・・・ 一方で高倉テル氏をつかまえ自由を剥奪し、ハンストを行わせるまでにしながらかくすよりあらわるるはなしで、こんなくだらないことでこれほど民自党を周章狼狽させた泉山蔵相は現代のカリカチュアです。 山下春江代議士の日ごろの態度にもすきがあ・・・ 宮本百合子 「泉山問題について」
・・・「学問の自由を剥奪することがいかに危険なことであるかは、先年来すでに苦しい経験ずみであるにもかかわらず、今日またしてもこのような問題がくりかえされなければならないということは、正直にいって情ないとでもいうより他はない。」「しかし問題は実はこ・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・革命的小市民の立場の作家から、もっとひろがって、進歩的、良心的作家までが、生活の剥奪と戦争への反対のために立っている。それゆえにこそ、狭くなった「勤労者文学」の柵はどけられて、よりつよくはっきりと労働者階級の文学の主導的な性格が押し出される・・・ 宮本百合子 「その柵は必要か」
・・・民主主義運動の伝統の貧しい、それほど封建的な要素の多い日本のインテリゲンツィアは、人間として全く当然な自然発生の欲求から、生命の安定をさえ剥奪して来た既往の権力を否定したのであるが、その否定、拒否は明瞭に自覚されている民主化への欲求の上に立・・・ 宮本百合子 「誰のために」
・・・文学に思想性を求める声は、どんなに今日の文学が思想を喪失し、剥奪された事情におかれているかを、あますところなく語っている。思想的な規準は失われたと一応思い込まれ、自身にそう云いきかせることによって、今日の人間の知性や良心に加えられている重圧・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
出典:青空文庫