・・・我我少年は尊徳のように勇猛の志を養わなければならぬ。 わたしは彼等の利己主義に驚嘆に近いものを感じている。成程彼等には尊徳のように下男をも兼ねる少年は都合の好い息子に違いない。のみならず後年声誉を博し、大いに父母の名を顕わしたりするのは・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ けれども天の与えた性質からいうと、彼は率直で、単純で、そしてどこかに圧ゆべからざる勇猛心を持っていた。勇猛心というよりか、敢為の気象といったほうがよかろう。すなわち一転すれば冒険心となり、再転すれば山気となるのである。現に彼の父は山気・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・そして倫理学はその実践への機を含んでしかも、直接に発動せず、静かに、謙遜に、しかも勇猛に徹底して、その思想の統一をとげ、不落の根拠を築きあげようと企図するものであり、そこには抑制せられたる実行意志が黙せる雷の如くに被覆されているのである。・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・この習慣は信じられぬほど安易への誘惑を導くものであり、もはや独立して思索したり、研究したりする労作と勇猛心と野望とにたえがたくするものである。他人の書物についてナハデンケンする習慣にむしばまれていない独立的な、生気溌剌とした学者や、思想家を・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・そこで根が律義勇猛のみで、心は狭く分別は足らなかった与一は赫としたのである。この頃主人政元はというと、段魔法に凝り募って、種の不思議を現わし、空中へ飛上ったり空中へ立ったりし、喜怒も常人とは異り、分らぬことなど言う折もあった。空中へ上るのは・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・かの勇猛果敢なざんげ聴聞僧の爪のあかでも、せんじて呑みたいほうで、ね。 ――ざんげじゃない。のろけじゃない。救いを求めているのでもない。私は、女の美しさを主張しているのです。それだけの事です。こうなって来ると、お仕舞いまで申しあげます。・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・けれども無頼の私にとっては、それだけでも勇猛の、大事業のつもりでいたのだ。私は、いまこの二少年の憫笑に遭い、自分の無力弱小を、いやになるほど知らされた。私が、ふっと口を噤んで片手にビイルのコップを持ったまま思いに沈んでいるのを、見兼ねたか、・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・乃公の如きは幼少の頃より、もっぱら其の独りを慎んで古聖賢の道を究め、学んで而して時に之を習っても、遠方から福音の訪れ来る気配はさらに無く、毎日毎日、忍び難い侮辱ばかり受けて、大勇猛心を起して郷試に応じても無慙の失敗をするし、この世には鉄面皮・・・ 太宰治 「竹青」
・・・三十四歳で死したるかれには、大作家五十歳六十歳のあの傍若無人のマンネリズムの堆積が、無かったので、人は、かれの、ユーゴー、バルザックにも劣らぬ巨匠たる貫禄を見失い、或る勇猛果敢の日本の男は、かれをカナリヤとさえ呼んでいた。 淀野隆三訳、・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
ある科学者で、勇猛に仕事をする精力家としてまた学界を圧迫する権威者として有名な人がある若いモダーンなお弟子に「映画なんか見ると頭が柔らかくなるからいかん」と言って訓戒したそうである。この「頭が柔らかくなる」というのはもちろ・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
出典:青空文庫