・・・あらず、いかで自殺なる二字をもってこの二人の怪しき挙動の秘密を解き得べきぞ、貴嬢がいわゆる人とは自ら生きんことを計り自ら死なんことを謀る動物なるべし、この二つの一つを出でざる動物なるべし。 間もなく振動は全くやみぬ。われら急に内に入りて・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・彼によれば人間の目的は動物的有機体にもとづく快楽や、欲求を満足せしめることに存しない。人間の目的は神的意識の再現たる永久的自我を実現せしめることにある。社会を改善する目的も大衆に肉体的快楽、物的満足を与えるためではない。その各々の自我を実現・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・でも、そこからは、動物の棲家のように、異様な毛皮と、獣油の臭いが発散して来た。 それが、日本の兵卒達に、如何にも、毛唐の臭いだと思わせた。 子供達は、そこから、琺瑯引きの洗面器を抱えて毎日やって来た。ある時は、老人や婆さんがやって来・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・植物も生きている。動物も生きている。実は植物も動物もおなじものサ。婦人の手が触れると喜ぶなんかんという洒落た助倍の木もある。御辞宜を能くする卑劣の樹もある。這ッて歩いて十年たてば旅行いたし候と留守宅へ札を残すような行脚の樹もある。動物の中で・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・いな、彼らは、完全に一致・合同しうべきもの、させねばならぬものである。動物の群集にもあれ、人間の社会にもあれ、この二者のつねに矛盾・衝突すべき事情のもとにあるものは滅亡し、一致・合同しえたるものは繁栄していくのである。 そして、この一致・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・何が腐り爛れたかと薄気味悪くなって、二階の部屋から床板を引きへがして見ると、鼠の死骸が二つまでそこから出て来て、その一つは小さな動物の骸骨でも見るように白く曝れていたことを思い出した。私は恐ろしくなった。何かこう自分のことを形にあらわして見・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・づくのだ、生がい完全な自制を以て突き通して来た人は、死んだ後には神さまになれる、その反対に、少しでも自分を押えつけることが出来ないで、いろいろの悪いことをしたものは、次の世には、獣や、またはそれ以下の動物に生れて来るのだと信じておりました。・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・あのめしを噛む、その瞬間の感じのことだ。動物的な、満足である。下品な話だ。……」 私は、未だ中学生であったけれども、長兄のそんな述懐を、せっせと筆記しながら、兄を、たまらなく可哀想に思いました。A県の近衛公だなぞと無智なおだてかたはして・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・それから水族館へ行って両棲動物を見た。ラインゴルドで午食をして、ヨスチイで珈琲を飲んで、なんにするという思案もなく、赤い薔薇のブケエを買って、その外にも鹿の角を二組、コブレンツの名所絵のある画葉書を百枚買った。そのあとでエルトハイムに寄って・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・例えば植物の生長の模様、動物の心臓の鼓動、昆虫の羽の運動の仕方などがそうである。それよりも一層重要だと思うのは、万人の知っているべきはずの主要な工業経営の状況をフィルムで紹介する事である。動力工場の成り立ち、機関車、新聞紙、書籍、色刷挿画は・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
出典:青空文庫