・・・彼は無風帯を横ぎる帆船のように、動詞のテンスを見落したり関係代名詞を間違えたり、行き悩み行き悩み進んで行った。 そのうちにふと気がついて見ると、彼の下検べをして来たところはもうたった四五行しかなかった。そこを一つ通り越せば、海上用語の暗・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・というような会話があるそうである。上品さもここまで来れば私たちの想像外で、「殺す」という動詞に敬語がつけられるのを私はうかつに今日まで知らなかったが、これもある評論家からきいたことだが、犬養健氏の文学をやめる最後の作品に、犬養氏が口の上に飯・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・というような雑多な動作の中から共通なものが抽象されて、そこに「切る」という動詞が出来、また同様にして「堅い」というような形容詞が生れる。これらの言葉の内容はもはや箇々の物件を離れて、それぞれ一つの「学」の種子になっている。 こういう事が・・・ 寺田寅彦 「言語と道具」
・・・そこで、grの代わりにgdを取ってみると、アラビアの動詞 ghadibaの中に見いだされる。この最後の ba は時によりただのbによって響きを失うことはあるのである。 名古屋へんの言葉で怒ることをグザルというそうであるが、マレイでは g・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・ 同じ歯の字が動詞になると「天下恥与之歯」におけるがごとく「肩をならべて仲間になる」という意味になる。歯がずらりと並んでいるようにならぶという譬喩かと思われる。並んだ歯の一本がむしばみ腐蝕しはじめるとだんだんに隣の歯へ腐蝕が伝播して行く・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・その他動詞、助動詞、形容詞にも蕪村ならでは用いざる語あり。鮓を圧す石上に詩を題すべく緑子の頭巾眉深きいとほしみ大矢数弓師親子も参りたる時鳥歌よむ遊女聞ゆなる麻刈れと夕日此頃斜なる「たり」「なり」と言わずして「・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・などが世間の注目をひき、文章の古典復興物語調流行がきざしかけた頃、なにかの雑誌で、谷崎と志賀との文章を対比解剖し、二人の文章にあらわれている名詞、動詞の多少、形容詞、副詞の性質を分析し、志賀直哉を客観的描写の作家とし、谷崎潤一郎の最近書く物・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・ 散歩するという動詞にターニャは我知らず複数をつかった。そしてその調子の優しさが光のように室をながれた。 彼女が、丸い体の重みで幾分踵をひくような歩きつきをしながら雪明りの室の中からそれより白い姿を消してしまうのを見送っていたエレー・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ 日本の文脈ということについて極端にさかのぼってだけ考える人々の間には、漢語で今日通用されている種々の名詞や動詞を、やまとことばというものに翻訳し、所謂原体にかえした云いかたで使わせようという動きもある。果して、現実の可能の多い方法であ・・・ 宮本百合子 「今日の文章」
出典:青空文庫