・・・「姉さんはそういうけれど、私の勧めるのは養生園ですよ。根岸の病院なぞとは、病院が違います。そんなに悪くない人が養生のために行くところなんですから、姉さんには丁度好かろうかと思うんです。今日は私も行って見て来ました。まるで普通の家でした。・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・そうしてそれから鴎外は、「皆が勧めるから嫌な酒を五六杯飲んだ。」と書いてある。顔をしかめて、ぐいぐい飲んだのであろう。やけ酒に似ている。この作品発表の年月は、明治四十二年五月となっている。私たちの生れない頃である。鴎外の年譜を調べてみると、・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・しかし、悪いことを咎めるのが大切であると同時に善いことを勧めるのもなおさら肝要である。議会でも暴露の泥仕合にのみ忙しくして積極的に肝要な国政を怠れば真面目な国民は決して喜ばないであろうと同様に、学位授与の弊害のみを誇大視して徒らにジャーナリ・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・そして医者や友達の勧めるがまま運動を始めた。テニスもやった、自転車も稽古した。食物でも肉類などはあまり好きでなかったのが運動をやり出してから、なんでも好きになり、酒もあの頃から少し飲めるようになった。前には人前に出るとじきにはにかんだりした・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・に、ある高貴な姫君と身分の低い男との恋愛事件が暴露して男は即座に成敗され、姫には自害を勧めると、姫は断然その勧告をはねつけて一流の「不義論」を陳述したという話がある。その姫の言葉は「我命をおしむにはあらねども、身の上に不義はなし。人間と生を・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ かように、一方では遁世を勧めると同時に、また一方では俗人の処世の道を講釈しているのが面白い。これは矛盾でもなんでもない。ただ同じ事のちがった半面を云っているのであろう。 世間に立交わって人とつき合うときの心得を説いたものが案外に多・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・後で二人ゆっくり行こうと言って断わっておいたけれど、お絹が勧めるので、やっぱり行くことにして、二階で著物を著かえて、下へ来ていた。お芳はまだ著かえなかった。 しかし劇場へ行ってみると、もう満員の札が掲って、ぞろぞろ帰る人も見受けられたに・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・唖々子は高等学校に入ってから夙くも強酒を誇っていたが、しかしわたしともう一人島田という旧友との勧める悪事にはなかなか加担しなかった。然るにその夜突然この快挙に出でたのを見て、わたしは覚えず称揚の声を禁じ得なかったのだ。「何の本だ。」とき・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・なぜそんな所へ行くのかと聞いたら別にたいした意味もないが、ただ口を頼んでおいた先輩が、行ったらどうだと勧めるからその気になったのだと答えた。それにしてもHはあんまりじゃないか、せめて大阪とか名古屋とかなら地方でも仕方がないけれどもと、自分は・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・「せっかく、姉さんも、ああ云って勧めるものだから、どうだろう、いっそ、そうしたら」と碌さんが圭さんの方を向く。圭さんは相手にしない。「ここも阿蘇だって、阿蘇郡なんだろう」とやはり下女を追窮している。「ねえ」「じゃ阿蘇の御宮ま・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫