・・・商人は太十に勧めた。太十はそれが余りに廉いと思うとぐっと胸がこみあげて「構わねえ、おら伐らねえ」と呶鳴った。「おれが死んじまったらどうも出来めえ」と更に彼は自暴自棄にこういうようになった。唯一人でも衷心慰藉するものがあれば彼・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・と細君が傍から口を開く「あまり勉強もしません、近頃は人から勧められて自転車を始めたものですから、朝から晩までそればかりやっています」「自転車は面白うござんすね、宅ではみんな乗りますよ、あなたもやはり遠乗をなさいましょう」遠乗をもって細君から・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・尊敬していた或先生からは、数学に入るように勧められた。哲学には論理的能力のみならず、詩人的想像力が必要である、そういう能力があるか否かは分らないといわれるのである。理においてはいかにも当然である、私もそれを否定するだけの自信も有ち得なかった・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・の初に子なき女は去ると先ず宣言して、文の末に至り、妾に子あれば去るに及ばずと前後照応して、男子に蓄妾の余地を与え、暗々裡に妻をして自身の地位を固くせんが為め、蓄妾の悪事たるを口に言わずして却て之を夫に勧めしむるの深意ならんと邪推せざるを得ず・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・その時、親達は大学に入れと頻りに勧めたが、官立の商業学校に止まらなかったと同様に、官立の大学にも入らなかった。で、終には、親の世話になるのも自由を拘束されるんだというので、全く其の手を離れて独立独行で勉強しようというつもりになった。 が・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
余の初め歌を論ずる、ある人余に勧めて俊頼集、文雄集、曙覧集を見よという。それかくいうは三家の集が尋常歌集に異なるところあるをもってなり。まず源俊頼の『散木弃歌集』を見て失望す。いくらかの珍しき語を用いたるほかに何の珍しきこ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・どれ、箸をお貸 須利耶の奥さまは童子の箸をとって、魚を小さく砕きながら、と勧められます。童子は母さまの魚を砕く間、じっとその横顔を見ていられましたが、俄かに胸が変な工合に迫ってきて気の毒なような悲しいような何とも堪らなくなりました。くる・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・ 父親と二人になった時、なほ子は本気になって専門医に見せることを勧めた。「何でも糖尿病と更年期に押しつけて置いて、ほんとに手後れにでもなったら大変よ」 昌太郎は、「うむ、うむ、いやその通りだ」と、頷いた。が、その手筈を決・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・秀麿は葉巻の箱の蓋を開けて勧めながら、独語のようにつぶやいた。「僕は人の空想に毒を注ぎ込むように感じるものだから。」「それがサンチマンタルなのだよ」と云いながら、綾小路は葉巻を取った。秀麿はマッチを摩った。「メルシイ」と云って綾小路・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ まず初めに手習い学問の勧めを説き、「年の若き時、夜を日になしても手習学文をすべし。学文なき人は理非をもわきまへ難し」と言っているが、ここで勧められているのは、文芸を初め諸種の技芸である。しかもその勧めは、前にあげた兼良の『小夜のねざめ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫