・・・こういう厳粛な敬虔な感動はただ芸術だけでは決して与えられるものでないから、作者の包蔵する信念が直ちに私の肺腑の琴線を衝いたのであると信じて作者の偉大なる力を深く感得した。その時の私の心持は『罪と罰』を措いて直ちにドストエフスキーの偉大なる霊・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 自然は、無限美を包蔵している。其れに対して、さながら盲目のように、私達は、其れを享楽することが出来ない。こゝに於て、現実の生活を疑う心が起るのです。 詩人ばかりが、自然の美を楽むという訳でない。たゞ、みんなが不具者となった自身を省・・・ 小川未明 「草木の暗示から」
・・・共産主義の運動への情熱が日本の青年層を風靡し、犠牲的な行動にまで刺衝したのは、同主義の唯物的必然論にもかかわらず、依然として包蔵している人道主義的思想のためであったのだ。正義をもって社会悪を克服するという倫理的な根拠なくして、単なる物的必然・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・は客観的事実であり、これは科学の場合と同様に、無限なる利用と悪用の可能性を包蔵している。 もちろんすべての知識には悪用の危険性を含んでいる。科学知識も同様である。しかし科学は全体として見れば人間一般の福利を増進するつもりで進んで来た。も・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・無限に大きい容器は何物をも包蔵しない。無限に大きい音は声がない。無限に大きな像には形態がない」と訳してある。「大器晩成」の訳は明らかにちがっているようではあるが、他の三句に対してはこの訳の方がぴったりよく適合するから妙である。それは別として・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・がそれぞれにちがった経歴を秘めかくして静かに横たわっている。一つ一つが貴重なロゼッタストーンである。その表面と内部にはおそらく数百ページにも印刷し切れないだけの「記録」が包蔵されている。悲しいことにはわれわれはまだ、その聖文字を読みほごす知・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・ セザンヌがりんごを描くのに決して一つ一つのりんごの偶然の表象を描こうとはしなかった、あらゆるりんごを包蔵する永遠不滅のりんごの顔をカンバスにとどめようとして努力したという話がある。科学が自然界の「事実」の顔を描写するのはまさにかくのご・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・尋常一様な現実の生活の描写が立派な文学でありうるのみか、あらゆる在来の文学中に求め得られない新鮮な美しさを包蔵しうるという事実を発見して驚いたのであった。アーヴィングの「スケッチブック」が英学生の間に流行していたのもそのころであったと思う。・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・も西洋にはないと言うのである、そうして、こういう語彙自身の中に日本人の自然観の諸断片が濃密に圧縮された形で包蔵されていると考えるのである。 日本における特異の気象現象中でも最も著しいものは台風であろう。これも日本の特殊な地理的位置に付帯・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ 多年藤原博士の心にかけて来られた渦巻に関する各種の現象でも、実にいろいろの不思議な問題が包蔵されているようであるが、現在までの物理学はまだそれらを問題として捕捉し解析の俎上に載せうるだけに進んでいないように見える。流体力学の専門家はそ・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
出典:青空文庫