・・・しかも、単に尨大であるばかりでなく、そのあくどさに於いて、古今東西それに匹敵するものは一つとしてない。 まず、彼は売薬業者の眼のかたきである医者征伐を標榜し、これに全力を傾注した。「眼中仁なき悪徳医師」「誤診と投薬」「薬価二十倍」「医者・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・骨董が黄金何枚何十枚、一郡一城、あるいは血みどろの悪戦の功労とも匹敵するようなことになった。換言すれば骨董は一種の不換紙幣のようなものになったので、そしてその不換紙幣の発行者は利休という訳になったようなものである。西郷が出したり大隈が出した・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・大学にもわれに匹敵する男がある。われはその金口の外国煙草からおのが安煙草に火をうつして、おもむろに立ちあがり、金口の煙草を力こめて地べたへ投げ捨て靴の裏でにくしみにくしみ踏みにじった。それから、ゆったり試験場へ現れたのである。 試験場で・・・ 太宰治 「逆行」
・・・The Yellow Book の故智にならい、ビアズレイに匹敵する天才画家を見つけ、これにどんどん挿画をかかせる。国際文化振興会なぞをたよらずに異国へわれらの芸術をわれらの手で知らせてやろう。資金として馬場が二百円、私が百円、そのうえほか・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・日本でも米粒の表面に和歌を書く人があるが、これに匹敵する程度の細字と思われる。聞くところによると、米粒へ文字を書くには、米粒を手のひらへのせて、毎日暇さえあればしみじみとながめている、するとその米粒がだんだんに大きく見えて来ておしまいには玉・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・甲社の特種に鼻を明かされて乙社がこれに匹敵するだけの価値のある特種を捜すのに「涙ぐましい」努力を払うというのは当然である。うそか真かは保証できないが、ある国でこんなことがあった、すなわち「あったこと」のニュースが見つからない場合に、めんどう・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・これに匹敵するぜいたくはおそらくただ読書ぐらいのものかもしれない。 そんな絵を見るたびに、きっと自分も門から外へ出てかいてみたくなるのである。一歩門を出さえすれば、ついそこの路地にでも川岸にでも電車停留場にでも、とにかくうちの庭とは比較・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・昔は気象観測というものがなかったから遺憾ながら数量的の比較は出来ないが、しかし古来の記録に残った暴風で今度のに匹敵するものを求めれば、おそらくいくつでも見付かりそうな気がするのである。古い一例を挙げれば清和天皇の御代貞観十六年八月二十四日に・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・近着のアメリカ地理学会の雑誌の評論欄にわが国の地球物理学者の仕事を紹介してあるその冒頭に「地殻変動の測定に関してはいかなる国民も日本人に匹敵するものはない」と書いてある。 この重要な研究の基礎となる実測資料は実にことごとくわが陸地測量部・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・石炭でも石油でも鉄でも出るには相応に出ても世界で著名なこれらのものの産地の産額に匹敵するものはないであろう。日本が鎖国として自給自足に甘んじているうちはとにかく世界の強国として乗り出そうとする場合に、この事実が深刻な影響を国是の上に及ぼして・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
出典:青空文庫