・・・……十時過ぎにストロンボリの火山島が見えた。十五夜あたりの月が明るくて火口の光はただわずかにそれと思われるくらいであった。背の低い肥ったバリトン歌手のシニョル・サルヴィは大きな腹を突き出して、「ストロンボーリ、ストロンボーリ」とどなりながら・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・秋の十五夜でした。「あいや、しばらく待て。そちは何と申す」「へいへい。私は六平と申します」「六平とな。そちは金貸しを業と致しおるな」「へいへい。御意の通りでございます。手元の金子は、すべて、只今ご用立致しております」「い・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
・・・ 雪渡り その二 青白い大きな十五夜のお月様がしずかに氷の上山から登りました。 雪はチカチカ青く光り、そして今日も寒水石のように堅く凍りました。 四郎は狐の紺三郎との約束を思い出して妹のかん子にそっと云いました。・・・ 宮沢賢治 「雪渡り」
八月の十五日は、晴れた夜が多いのに、九月の十五夜は、いつも曇り勝だ。 今年は珍しく快晴で、令子も縁側から月見をした。 澄み輝き大らかな月が、ポプラーの梢の上にのぼると、月に浮かされた向う通りの家の書生達が大勢屋根へ・・・ 宮本百合子 「黒い驢馬と白い山羊」
出典:青空文庫