・・・しもわからなくてもさもおかしそうに笑っている人を見れば自分も笑いたくなると同様に、上手な俳優が身も世もあられぬといったような悲しみの涙をしぼって見せれば、元来泣くように準備のととのっている観客の涙腺は猶予なく過剰分泌を開始するのであって、言・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・初五が短いためにそのあとでちょっとした休止の気味があって内省と玩味の余裕を与え、次に来るものへの予想を発酵させるだけの猶予を可能にする。中七は初五で提出された問題の発展であり解答であるので長さを要求する。最後の五は結尾であって、しかもそのあ・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・ 我が慶応義塾の教育法は、学生諸氏もすでに知る如く、創立のその時より実学を勉め、西洋文明の学問を主として、その真理原則を重んずることはなはだしく、この点においては一毫の猶予を仮さず、無理無則、これ我が敵なりとて、あたかも天下の公衆を相手・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・の交際の公私に論なく、ややもすれば意の如くならざるは、原因のある所、一にして足らずといえども、我が男子が徳義上に軽侮を蒙るの一事は、その原因中の大箇条なるが故に、いやしくもこれに心付きたる者は、片時も猶予せずしてその過ちを改めざるべからず。・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ 世間の輿論は、不幸な母親由紀子さんに同情を示し、結局、東京検事局は起訴猶予とした。そして、忙しくて乏しい歳末の喧騒にまぎれて、この事件は忘れられ、今日、私たちは、その事件のおこった当日と大して変りない暴力的交通状態の下に暮しているので・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・あれにはただ身許引受人があったから執行猶予にしたとあります。身許引受人というものと、その充子さんという人との関係がわかっていないし、夫とその人との関係がわかっていません。ああいう生活過程をもっている女の人の場合には、ひとくちに身許引受人とい・・・ 宮本百合子 「浦和充子の事件に関して」
・・・この課税の方法によると大財産の所有者たちは、とり上げられる税をこの情勢推移の急な時代に四年間支払猶予され、事実上支払わないでもすんでしまいそうな上、出しただけの金は形を変え口実を新しくして堂々めぐりでまた元の懐に戻って来る仕組みになっている・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
・・・そうでなければ労働者同意の上、或る場合は次の職業が見付かるまで、猶予してやらなければいけない。 女は尚更で、例えば、姙娠しているものは五ヵ月以上は解雇してはいかぬ。それから乳飲児をもって一年以内のものは最後まで解雇しない。また年寄には養・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・ もう一刻の猶予もされない。 水を吐かせ、暖め摩擦し、そのときそこで出来るだけの手当がほどこされたのである。 ここいらの百姓などとは身分の違う人と見えて、労働などは思ってみたこともなさそうな体をしている。自分が裸体だなどというこ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・公判、懲役〔二〕年、執行猶予〔四〕年を言い渡された。予審と公判とを通じて私は文学の階級性を主張することができなかった。七月。保護観察所によって保護観察に附せられた。警視庁の特高課長であった毛利基が主事をしていた。毛利基は宮本の関係した党・・・ 宮本百合子 「年譜」
出典:青空文庫