・・・概算一万三千種の書目を作るは十人のタイピストが掛っても二日や三日では出来るものではない。恐らく此記者先生は丸善を雑誌屋とでも思ったのであろう。此質問一ヵ条を持出して、『目録は出来ていません』と答えると直ぐ『さよなら』と帰って了った。 見・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・ ある人云く、父母の至情、誰かその子の上達を好まざる者あらんや、その人物たらんを欲し、その学者たらんを願い、終に事実において然らざるは、父母のこれを欲せざるにあらず、他に千種万状の事情ありて、これに妨げらるればなり、故に子を教育するの一・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・ されば私徳を大切にするその中についても、両性の交際を厳にして徹頭徹尾潔清の節を守り、俯仰天地に愧ずることなからんとするには、人生甚だ長くしてその間に千種万様の事情あるにもかかわらず、自ら血気を抑えて時としては人の顔色をも犯し、世を挙っ・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・松平の空地をめぐって、からたち垣があるばかりでなく、その斜向いの千種さんの家のからたちの垣が、うちの古びた門につづいていた。あとでは分譲地になった、すぐ近所の須藤さんの杉林がからたち垣だった。うちの裏がやはりからたちで、シロという犬がその下・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・ただ人を悩乱せしめるばかりでなく、大きい人生に包まれたる力というものの千種万様な現われを捕えて、形、釣り合い、あるいは美しい気分の平衡より来る喜悦、情熱を内心に押え貯うる時の幸福、そういうものを現わそう。もう破裂的な芸のみで満足する事はでき・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・この二つが長となり短となり千種万種の波紋を画く、人事はこの波紋を織り出した刺繍に過ぎぬ。 社会には美しい方面がある。しかしこれを汚さんとする悪の勢力ははなはだ強い。一人の遊冶郎の美的生活は家庭の荒寥となり母の涙となり妻の絶望となる。冷た・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫