・・・ その日は校正が多いので、先生一人それに忙殺されたが、午後二時ころ、少し片づいたので一息吐いていると、 「杉田君」 と編集長が呼んだ。 「え?」 とそっちを向くと、 「君の近作を読みましたよ」と言って、笑っている。・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ところが午後になると、議会から使が来て、大きなブックを出して、それに受取を書き込ませた。 門番があっけに取られたような風をして、両手の指を組み合せて、こう云った。「どうでも大臣か何かにおなりになるのではございますまいか。わたくしは議事堂・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ 三 へリオトロープ よく晴れた秋の日の午後室町三越前で電車を待っていた。右手の方の空間で何かキラキラ光るものがあると思ってよく見ると、日本橋の南東側の河岸に聳え立つあるビルディングの壁面を方一尺くらいの光の板があ・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・あアお午後ぶらぶらと向を出て八時なら八時に数寄屋橋まで著けろと云や、丁と其時間に入ったんでさ。……ああ、面白えこともあった。苦しいこともあった。十一の年に実のお袋の仕向が些と腑におちねえことがあって、可愛がってくれた里親の家から、江戸へ逃げ・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・ 朝の中長崎についた船はその日の夕方近くに纜を解き、次の日の午後には呉淞の河口に入り、暫く蘆荻の間に潮待ちをした後、徐に上海の埠頭に着いた。父は官を辞した後商となり、その年の春頃から上海の或会社の事務を監督しておられたので、埠頭に立って・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・「そりゃあ、忙がしいだろう、何と云っても学校にいたうちとは違うからね、この頃でもやはり午後六時までかい」「まあ大概そのくらいさ、家へ帰って飯を食うとそれなり寝てしまう。勉強どころか湯にも碌々這入らないくらいだ」と余は茶碗を畳の上へ置・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ 午前五時、午前九時、正午十二時、午後三時、午後六時には取入口から水路、発電所、堰堤と、各所から凄じい発破の轟音が起った。沢庵漬の重石程な岩石の破片が数町離れた農家の屋根を抜けて、囲炉裏へ飛び込んだ。 農民は駐在所へ苦情を持ち込んだ・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・ 学校、朝第八時に始り午後第四時に終る。科業は、いろは五十韻より用文章等の手習、九々の数、加減乗除、比例等の算術にいたり、句読は、府県名・国尽・翻訳の地理・窮理書・経済書の初歩等を授け、あるいは訳書の不足する所はしばらく漢書をもって補い・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・ ちょうど午後三時である。Rue de la Faisanderie の大道は広々と目の下に見えていて、人通りは少い。ロンドンの上流社会の住んでいる市区によくこんな立派な、幅の広い町があるが、ここの通りはそれに似ている。 ピエエル・・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
時は午後八時頃、体温は卅八度五分位、腹も背も臀も皆痛む、 アッ苦しいナ、痛いナ、アーアー人を馬鹿にして居るじゃないか、馬鹿、畜生、アッ痛、アッ痛、痛イ痛イ、寝返りしても痛いどころか、じっとして居ても痛いや。 アーアーいやにな・・・ 正岡子規 「煩悶」
出典:青空文庫