・・・ やっと、半年ばかり前に、そこから汽車に乗って立った、町の停車場へ着くと、もうまったく暗くなっていました。そして雪が積もる上に、まだ降っていました。 真吉は、お母さんの知り合いの呉服店を思い出しました。そこで堤燈を借りてゆこうと立ち・・・ 小川未明 「真吉とお母さん」
・・・新聞社にいたころから時々自転車の上で弱い咳をしていたが、あれからもう半年、右肺尖カタル、左肺浸潤と医者が即座にきめてしまったほど、体をこわしていたのだった。ガレーヂの二階で低い天井を睨んで寝ていたが、肺と知って雇主も困り、「家があるんや・・・ 織田作之助 「雨」
・・・事変がはじまる半年前のことであった。 三 学校をやめたので、私は間もなく徴兵検査を受けねばならなかった。 私は洋服を持たなかったので、和服のまま検査場へ行った。髪の毛は依然として長く垂れたままであったことは勿論・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ 昨年の八月義母に死なれて、父は身辺いっさいのことを自分の手で処理して十一月に出てきて弟たちといっしょに暮すことになったのだが、ようよう半年余り過されただけで、義母の一周忌も待たず骨になって送られることになったのだった。実の母が死んです・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・彼は今度の長編を地方の新聞へ書いている間、山の温泉に半年ほども引っこんでいた。そして二カ月ほど前に、相当の貯金とかなりの得意さで、帰ってきたのだ。私は彼に会った時に、言った。「君がいなかったものだから、僕は嚊も子供も皆な奪られてしまったよ」・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ある学校の先生の娘は半年ほどの間に死んでしまって今はまたその息子が寝ついてしまっていた。通り筋の毛糸雑貨屋の主人はこの間まで店へ据えた毛糸の織機で一日中毛糸を織っていたが、急に死んでしまって、家族がすぐ店を畳んで国へ帰ってしまったそのあとは・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・と問われて、私も樋口とは半年以上も同宿して懇意にしていたにかかわらず、さて思い返してみて樋口が何をまじめに勉強していたか、ついに思い出すことができませんでした。 そこで木村のことを思うにつけて、やはり同じ事であります。木村は常に机に向い・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ 田舎へきて約半年ばかりは、東京のことが気にかかり東京の様子や変遷を知り進歩に遅れまいと、これつとめるのであるが、そのうちに田舎の自分に直接関係のある生活に心をひかれ、自分自身の生活の中に這入りこんで、麦の収穫の多寡や、村税の負担の軽重・・・ 黒島伝治 「田舎から東京を見る」
・・・ * それから半年程して、救援会の女の人が、田舎から鉛筆書きの手紙を受取った――それはお安が書いた手紙だった。 あなたさまのお話、いまになるとヨウ分りました。こちらミンナたッしゃです。あれからこゝでコサクそう・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・俺は半年も前から思い立って、漸くここまで来た」 これは二人の人の会話のようであるが、おげんは一人でそれをやった。彼女の内部にはこんな独言を言う二人の人が居た。 おげんはもう年をとって、心細かった。彼女は嫁いで行った小山の家の祖母さん・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
出典:青空文庫