・・・わたくしが個人雑誌『花月』の誌上に、『かかでもの記』を掲げて文壇の経歴を述べたのは今より十五、六年以前であるが、初は『自作自評』と題して旧作の一篇ごとに執筆の来由を陳べ、これによって半面はおのずから自叙伝ともなるようにしたいと考えた。しかし・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・髯の中から顔が出ていてその半面をカンテラが照らす。照らされた部分が泥だらけの人参のような色に見える。「こう毎日のように舟から送って来ては、首斬り役も繁昌だのう」と髯がいう。「そうさ、斧を磨ぐだけでも骨が折れるわ」と歌の主が答える。これは背の・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・国家に世界史的使命の自覚なく、単なる帝国主義の立場に立つかぎり、又逆にその半面に、階級闘争と云うものを免れない。十九世紀以来、世界は、帝国主義の時代たると共に、階級闘争の時代でもあった。共産主義と云うのは、全体主義的ではあるが、その原理は、・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・勿論夜の事であるから、炎々と燃え上った火の光りが真黒な杉の半面を照して空には星が一つ二つ輝いでおる。其処に居る人は附添人二人と穏坊が一人と許りである。附添の一人が穏坊に向て「穏坊屋さん、何だか凄い天気になって来たが雨は降りゃアしないだろうか・・・ 正岡子規 「死後」
・・・その分量よりして言わば消極的美は美の半面にして積極的美は美の他の半面なるべし。消極的美をもって美の全体と思惟せるはむしろ見聞の狭きより生ずる誤謬ならんのみ。日本の文学は源平以後地に墜ちてまた振わず、ほとんど消滅し尽せる際に当って芭蕉が俳句に・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・日本の親のいじらしい心は、他の半面で、日本の軍国主義社会を支え維持させて行く大きな経済的社会的基盤となった。というのは「うちの息子は学問ができて人物もしっかりしているのに、金がないばかりに大学へやれない。知事や大臣にはなれなくても、せめて軍・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・その半面、経済的な社会生活の現実では、その激しい衝動を順調にみたしてゆく可能が奪われているから、虚無的な刹那的な官能のなかに、生存を確認する、というようなデカダンス文学が生れた。封建的な人間抑圧への反抗ということも、理由とされているが、それ・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・なければ次ぎの進歩が分りかねるからであるが、昨年の夏、総持寺の管長の秋野孝道氏の禅の講話というのをふと見ていると、向上ということには進歩と退歩の二つがあって、進歩することだけでは向上にはならず、退歩を半面でしていなければ真の向上とはいいがた・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・ しかしこれらのことは直ちにまたその半面の事実をも暴露している。すなわち洋画家は手に合うものをしか描いていない。日本画家は手に合わぬものを弄んで、生命のない色と線の遊戯に堕する傾向を示している。 洋画家の自然に対する態度はとにかく謙・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・ かくのごとく一二の例外を除いて現代の道徳はすべて混沌、すべて闇濁、最も悲観すべき半面を有す。文明の発達に従いて肉の欲望はますます大となり、虚栄の渇仰はいよいよ強となる。吾人は浅薄なる皮相の下に真精神を発見したい。時代思潮に革命を起こし・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫