・・・ 小杉氏の画は洋画も南画も、同じように物柔かである。が、決して軽快ではない。何時も妙に寂しそうな、薄ら寒い影が纏わっている。僕は其処に僕等同様、近代の風に神経を吹かれた小杉氏の姿を見るような気がする。気取った形容を用いれば、梅花書屋の窓・・・ 芥川竜之介 「小杉未醒氏」
・・・ 近藤君の画は枯淡ではない。南画じみた山水の中にも、何処か肉の臭いのする、しつこい所が潜んでいる。其処に芸術家としての貪婪が、あらゆるものから養分を吸収しようとする欲望が、露骨に感ぜられるのは愉快である。 今日の流俗は昨日の流俗では・・・ 芥川竜之介 「近藤浩一路氏」
・・・本職は医者で、傍南画を描く男ですが。」「西郷隆盛ではないのですね。」 本間さんは真面目な声でこう云って、それから急に顔を赤らめた。今まで自分のつとめていた滑稽な役まわりが、この時忽然として新しい光に、照される事になったからである。・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・僕の叔父もまた裁判官だった雨谷に南画を学んでいた。しかし僕のなりたかったのはナポレオンの肖像だのライオンだのを描く洋画家だった。 僕が当時買い集めた西洋名画の写真版はいまだに何枚か残っている。僕は近ごろ何かのついでにそれらの写真版に目を・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・が、特にこの夜だけは南画の山水か何かを描いた、薄い絹の手巾をまきつけていたことを覚えている。それからその手巾には「アヤメ香水」と云う香水の匂のしていたことも覚えている。 僕の母は二階の真下の八畳の座敷に横たわっていた。僕は四つ違いの僕の・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・しかし今になって考えてみると、かなり数奇の生涯を体験した政客であり同時に南画家であり漢詩人であった義兄春田居士がこの芭蕉の句を酔いに乗じて詠嘆していたのはあながちに子供らを笑わせるだけの目的ではなかったであろうという気もするのである。そうし・・・ 寺田寅彦 「思い出草」
・・・しかし自分が日本画家あるいは南画家としての津田君に接したのは比較的に新しい事である。そしてだんだんその作品に親しんで行くうちに、同君の天品が最もよく発揮し得られるのは正しくこの方面であると信ずるようになったのである。 津田君はかつて桃山・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・昔かいた水彩画の延長と思われる一流の南画のようなものをかいて楽しんでおられた。無遠慮な批評を試みると口を四角にあいて非常に苦い顔をされたが、それでも、その批評を受けいれてさらに手を入れられることもあった。先生は一面非常に強情なようでもあった・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
安井氏の絵はだんだんに肩の凝りが解けて来たという気がする。同時にだんだん東洋人らしいところが出て来るように見える。もう一歩進むと結局南画のようなものに接近する可能性を持っているのではないかと思われる。あの裸体の少女でも、あ・・・ 寺田寅彦 「二科会その他」
・・・ 恒川氏の風景画には、ちょっと南画のような味がある。しかしこういう絵もこのままではすぐ行き詰りになりやすい。 円筒形の上の断面を楕円形に表わして、底面の方は直線でかいてしまう事が流行するようである。こういう流行は永くはつづくまい・・・ 寺田寅彦 「二科会展覧会雑感」
出典:青空文庫