・・・つぶつぶ絣の単物に桃色のへこ帯を後ろにたれ、小さな膝を折ってその両膝に罪のない手を乗せてしゃがんでいる。雪子もお児もながら、いちばん小さい奈々子のふうがことに親の目を引くのである。虱がわいたとかで、つむりをくりくりとバリカンで刈ってしもうた・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・若い女ばかり集まる処だからお秀の性質でもまさかに寝衣同様の衣服は着てゆかれず、二三枚の単物は皆な質物と成っているし、これには殆ど当惑したお富は流石女同志だけ初めから気が付いていた。お秀の当惑の色を見て、「気に障えちゃいけないことよ、あの・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・びっくりして見上げましたら、それは古い白縞の単物に、へんな簑のようなものを着た、顔の骨ばって赤い男で、向うも愕いたように亮二を見おろしていました。その眼はまん円で煤けたような黄金いろでした。亮二が不思議がってしげしげ見ていましたら、にわかに・・・ 宮沢賢治 「祭の晩」
・・・九郎右衛門は花色木綿の単物に茶小倉の帯を締め、紺麻絣の野羽織を着て、両刀を手挟んだ。持物は鳶色ごろふくの懐中物、鼠木綿の鼻紙袋、十手早縄である。文吉も取って置いた花色の単物に御納戸小倉の帯を締めて、十手早縄を懐中した。 木賃宿の主人には・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ しかし困る事には、いつも茶の竪縞の単物を着ているが、膝の処には二所ばかりつぎが当っている。それで給仕をする。汗臭い。「着物はそれしか無いのか。」「ありまっせん。」 平気で微笑を帯びて答える。石田は三枚持っている浴帷子を一枚・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・そのうち結城紬の単物に、縞絽の羽織を着た、五十恰好の赤ら顔の男が、「どうです、皆さん、切角出してあるものですから」と云って、杯を手に取ると、方方から手が出て、杯を取る。割箸を取る。盛んに飲食が始まった。しかし話はやはり時候の挨拶位のものであ・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・「いいえ、大そう好い方でございますが、もうこんなに朝晩寒くなりましたのに、まだ単物一枚でいらっしゃいます。寒い時は、上からケットを被って本を読んでいらっしゃるのでございます。」お上さんは私に座布団を出して、こう云った。「はてな。工面・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫