・・・ 僕は、角顋の見かけによらない博学に、驚いた。「すると、余程古い国と見えますな。」「ええ、古いです。何でも神話によると、始は蛙ばかり住んでいた国だそうですが、パラス・アテネがそれを皆、人間にしてやったのだそうです。だから、ゾイリ・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・ あの顔一目で縮み上る…… が、大人に道徳というはそぐわぬ。博学深識の従七位、花咲く霧に烏帽子は、大宮人の風情がある。「火を、ようしめせよ、燠が散るぞよ。」 と烏帽子を下向けに、その住居へ声を懸けて、樹の下を出しなの時、・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・仮りに如何に博学多識の学者を案内として名所見物をするとしても、その人の所説にはそれぞれ何か確かな根拠はあるかもしれないが、それらの根拠を一つ一つ批判的に厳密に調べてみても一点の疑いのないという場合はむしろ稀であろう。歴史上の遺蹟や古美術品の・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・学校の教科書を鵜のみにし、先人の研究をその孫引きによって知り、さらに疑う所なくしてこれを知り博学多識となるものはかくのごとき仕事はしとげられないのである。 しかれども大いに驚き大いに疑う無知者愚者となるためにはまたひろく知り深く学ばねば・・・ 寺田寅彦 「知と疑い」
・・・ 芸術の技巧に関する伝統が尊重された時代には、芸術の批評権といったようなものは主に芸術家自身か、さもなくば博学な美術考証家の手に保存されて、吾々素人は何か云いたくなる腹の虫を叱り付けていなければならなかった。ところが何時の間にか伝統の縄・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・これについてそれぞれ博学な考証家の穿鑿をまつ事ができれば幸いである。しかし私がここでこういう未熟で大胆な所説をのべることのおもな動機は、そういう学問的のものではなく、むしろただ一個の俳人としてのまた鑑賞家としての「未来の連句」への予想であり・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・者に近づかざるべからざる理由があってまさに近づいたものと見える、その理由に曰くここは馬を乗る所で自転車に乗る所ではないから自転車を稽古するなら往来へ出てやらしゃい、オーライ謹んで命を領すと混淆式の答に博学の程度を見せてすぐさまこれを監督官に・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・一 女子が如何に教育せられて如何に書を読み如何に博学多才なるも、其気品高からずして仮初にも鄙陋不品行の風あらんには、淑女の本領は既に消滅したりと言う可し。我輩が茲に鄙陋不品行の風と記したるは、必ずしも其人が実際に婬醜の罪を犯したる其罪を・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 現代文学の中には、まともに、野暮にくい下って、舶来博学の鬼面に脅かされない日本の批評の精神が立ち上らなければならない時だと思う。 日本の社会生活と思想の伝統に、ヨーロッパの近代市民の性格が欠けているということ。従って、近代のヨーロ・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・ 幸田露伴という文人の、博学であったが封建性を脱げなかった常識的達人の鋳型を、やわらかい女の体と精神にしっかりと鋳りつけられた幸田文の文筆は、あまり特異である。文学にまで及んだ家長制について深く考えさせるものがある。 関村つる子、由・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
出典:青空文庫