・・・それほど彼はこの三四ヵ月来Kにはいろ/\厄介をかけて来ていたのであった。 この三四ヵ月程の間に、彼は三四の友人から、五円程宛金を借り散らして、それが返せなかったので、すべてそういう友人の方面からは小田という人間は封じられて了って、最後に・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・そして心ひそかに歓んだ、その理由は、かれ初めより無事に日を送ることをよろこばなかった、のみならずついに何事をもなさず何をしでかすることなく一生空しく他の厄介で終わるということは彼にとって多少の苦痛であった。 希望なき安心の遅鈍なる生活も・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・それが、今は、不思議に身体全体が、もの憂く、悩ましく、ちょっと立上るのにさえ、重々しく、厄介に感じられた。 夜があけると、彼は、鍬をかついで、よぼ/\と荒らされた土地を勿体ながって開墾に出かけた。仕事ははかどらなかった。 土地の方が・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・「君、なるほど火の芸術は厄介だ。しかしここに道はある。どうです、鵞鳥だからむずかしいので。蟾蜍と改題してはどんなものでしょう。昔から蟾蜍の鋳物は古い水滴などにもある。醜いものだが、雅はあるものだ。あれなら熔金の断れるおそれなどは少しも無・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ラ姉さんとお定まりのように打ち消す小春よりも俊雄はぽッと顔赧らめ男らしくなき薄紅葉とかようの場合に小説家が紅葉の恩沢に浴するそれ幾ばく、着たる糸織りの襟を内々直したる初心さ小春俊雄は語呂が悪い蜆川の御厄介にはならぬことだと同伴の男が頓着なく・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・年老いた身の寄せ場所もないような冷たく傷ましい心持が、親戚の厄介物として見られような悲しみに混って、制えても制えても彼女の胸の中に湧き上り湧き上りした。熊吉が来て、姉弟三人一緒に燈火の映る食卓を囲んだ時になっても、おげんの昂奮はまだ続いてい・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・「食べるけど、あれは厄介なばかりでしかたがないや」「おいしいものですけれどね」「それはうもうがんすえの。それにこのごろは月がないころじゃけになおさらうまいんでがんすわいの。いいえ、ほんとでがんすて。月夜にはの、あれが自分の影に怖・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・スバーが、それを噛めるようにしてやる そうやって長いこと坐り、釣の有様を見ている時、彼女は、どんなにか、プラタプの素晴らしい手伝い、真個の助けとなって、自分が此世に只厄介な荷物ではないことを証拠だてたく思ったでしょう! けれども、何もす・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・う、そう思って居たのでありましたが、心ならずも三人の友人を招待してしまったので、私は、とにかく三島迄の切符を四枚買い、自信あり気に友人達を汽車に乗せたものの、さてこんなに大勢で佐吉さんの小さい酒店に御厄介になっていいものかどうか、汽車の進む・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・それを忘れてしまえば厄介な記憶の訓練の効果は消えてしまう。試験さえすめば数カ月後には大丈夫綺麗に忘れてしまうような、また忘れて然るべきような事を、何年もかかって詰め込む必要はない。吾々は自然に帰るがいい。そして最小の仕事を費やして最大の効果・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
出典:青空文庫