・・・そして、有妻の男子が他の女と通ずる事を罪悪とし、背倫の行為とし、唾棄すべき事として秋毫寛すなき従来の道徳を、無理であり、苛酷であり、自然に背くものと感じ、本来男女の関係は全く自由なものであるという原始的事実に論拠して、従来の道徳に何処までも・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・ しかし、眼前の社会においても、甚だ原始的なる子供の本能と酷似した、残忍性のあるのを発見します。即ち、生き得る条件の下に置かれざる者にも、一律的に消費の義務をはたさせようとするが如き、これです。たとえば、失業者及びこれと近い生活をする者・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・私は原始キリスト教の精神というものが決して今日の職業化した街頭のキリスト教とは思っていない。本当に原始キリスト教の精神を尚お伝え得るものならば、今日のキリスト教は斯くまでに堕落はしていないだろう。三 早い話が原始キリスト教の精神・・・ 小川未明 「反キリスト教運動」
・・・フランスのように人間の可能性を描く近代小説が爛熟期に達している国で、サルトルが極度に追究された人間の可能性を、一度原始状態にひき戻して、精神や観念のヴェールをかぶらぬ肉体を肉体として描くことを、人間の可能性を追究する新しい出発点としたことは・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・常に原始的な切ったり、はったり、殺し合いをやったりする、ロマンティックなことばかりを書いている。どんなことでも、かまわずにさっさと書いて行く、冷たい態度が僕はすきだった。燐光を放っている。短篇を書くならメリメのような短篇を書きたい、よく、そ・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・熊のいる原始林を伐り開いて鉄道を敷設した。――だが、雪が降ると、それ等の仕事が出来なくなる。彼等は用がなくなるのだ。そうなると、汽車賃もくれないで、オツぽり出される。小樽や函館へ出てくるのはこういう人達なのだ。 雪の国の停車場は人の心を・・・ 小林多喜二 「北海道の「俊寛」」
・・・そのとしの秋、ジッドのドストエフスキイ論を御近所の赤松月船氏より借りて読んで考えさせられ、私のその原始的な端正でさえあった「海」という作品をずたずたに切りきざんで、「僕」という男の顔を作中の随所に出没させ、日本にまだない小説だと友人間に威張・・・ 太宰治 「川端康成へ」
・・・お医者の世界観は、原始二元論ともいうべきもので、世の中の有様をすべて善玉悪玉の合戦と見て、なかなか歯切れがよかった。私は愛という単一神を信じたく内心つとめていたのであるが、それでもお医者の善玉悪玉の説を聞くと、うっとうしい胸のうちが、一味爽・・・ 太宰治 「満願」
・・・伏目がちの、おちょぼ口を装うこともできるし、たったいまたかまが原からやって来た原始人そのままの素朴の真似もできるのだ。私にとって、ただ一つ確実なるものは、私自身の肉体である。こうして寝ていて、十指を観る。うごく。右手の人差指。うごく。左の小・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・機械文化の頂点を示すべき映画の中で、一人の職工は有り余っているべき動力の洪水の中にいながら、最も原始的なその筋肉エネルギーを極度に消費して大きなダイアルの針を回し、そうして、疲れ切って倒れ、そのために大破壊が起こったりする。あの魯鈍な機械に・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫