・・・ 空が荒模様になり、不機嫌な風がザワザワ葉を鳴らし出すと、私の内にある未開な原始的な何ものかが不可抗の力で呼びさまされる。凝っと机について知らぬ振などしていられない。私はきっと梢の見えるところまで出かけ、空を眺め、風に吹かれ、痛快なおど・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
人類の祖先たちは、彼らの原始的な生活のもとで、どんなふうに自分たちの発見と智慧とをもちいてきたのだろう。 太古の人類の希望は、幸福に生きたいという単一の強烈な欲求であった。それらの人々は、自分たちに一本の棒の切れはしを・・・ 宮本百合子 「いのちのある智慧」
・・・写真でみると、極めて原始的な方法で染め、織っている。彼女たちの方法は幾百年来の方法である。 日本の軍人が、トランクや荷物の底に、価でない価で「買った」ジャワ更紗を日本に流行させたことを、わたしたちは決して忘れないだろうと思う。 イン・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ごく原始的な表現で、例えばより工合よく体にかける毛皮を縫い合わせたいという気持がいつもあって、或るとき或る人間が先の尖った石か貝の片の一方に糸を通す穴をこしらえて針を発明した。コフマンは、女性に名誉を与えて、そうして人類の生活に初めて針をも・・・ 宮本百合子 「家庭創造の情熱」
・・・そんな風に穿鑿をすると同時に、老伯が素食をするのは、土地で好い牛肉が得られないからだと、何十年と継続している伯の原始的生活をも、猜疑の目を以て視る。 Dostojewski は「罪と償」で、社会に何の役にも立たない慾ばり婆々あに金を持た・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・その構造はきわめて原始的で、大八車というものに似ている。ただ大きさがこれに数倍している。大八車は人が挽くのにこの車は馬が挽く。 この車だっていつも空虚でないことは、言をまたない。わたくしは白山の通りで、この車が洋紙をきんさいして王子から・・・ 森鴎外 「空車」
・・・動が、文化形式との関係に於ていかに原則的な必然的関連を獲得し、いかに運命的剰余となって新しく文学を価置づけるべきかと云うことについて論じ、併せてそれが個性原理としてどうして世界観念へ同等化し、どうして原始的顕現として新感覚がより文化期の生産・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・椎の樹は武蔵野の原始林を構成していたといわれるが、しかし五月ごろの東山に黄金色に輝いている椎の新芽の豪奢な感じを知っているものは、これこそ椎だと思わずにはいられない。 が、湿気と結びついて土壌が重要な役目をしていることも見のがすわけには・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
・・・それについてまず第一にはっきりさせておきたいことは、この稚拙さが、原始芸術に特有なあの怪奇性と全く別なものだということである。わが国でそういう原始芸術に当たるものは、縄文土器やその時代の土偶などであって、そこには原始芸術としての不思議な力強・・・ 和辻哲郎 「人物埴輪の眼」
・・・「すべての不正を打破して社会を原始の純粋に返せ」と叫ぶ者は狂人をもって目せらる。姑息なる思想! 安逸に耽る教育者! 見よ汝が造れる人の世は執着を虚栄の皮に包んだる偽善の塊に過ぎぬじゃないか。要するに現代の道徳は本義として「物質的超越と霊的執・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫