・・・ホップ夫人は該ステュディオにはいるや、すでに心霊的空気を感じ、全身に痙攣を催しつつ、嘔吐すること数回に及べり。夫人の語るところによれば、こは詩人トック君の強烈なる煙草を愛したる結果、その心霊的空気もまたニコティンを含有するためなりという。・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・や「壁」や「反吐」になり得ないところが、いわば日本文学の伝統の弱さではなかろうか。フランスのようにオルソドックス自体が既に近代小説として確立されておればつまり、地盤が出来ておれば、アンチテエゼの作品が堂々たるフォームを持つことができるのだが・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・俺が豚やったら、あいつは、豚もあいつを見たら反吐をはく現糞の悪い奴ちゃ」 ひょうきんな、落語家らしい言い方だったが、言っているうちに、赤井も次第に昂奮して来て、「白崎はん、あんた蓄音機を撲るんやったら、俺も撲る! さア、行きまひょ。・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ しかし、世相の暗さを四十時間思い続けて来た新吉にとっては、もう世相にふれることは反吐が出るくらいたまらなかった。新吉はもうその女のことを考えるのはやめて、いつかうとうとと眠っていた。 揺り動かされて、眼がさめると、梅田の終点だった・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・想えばげすの口の端に、掛って知った醜さは、南蛮渡来の豚ですら、見れば反吐をば吐き散らし、千曲川岸の河太郎も、頭の皿に手を置いて、これはこれはと呆れもし、鳥居峠の天狗さえ、鼻うごめいて笑うという、この面妖な旗印、六尺豊かの高さに掲げ、臆面もな・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・二つに割れる仕掛になっているのかと私は思わず噴き出そうとした途端、げっと反吐がこみあげて来た。あわてて口を押え、「食塩水……」をくれと情ない声を出すと、はいと飲まされたのは、ジンソーダだ。あっとしかめた私の顔を、マダムはニイッと見ていた・・・ 織田作之助 「世相」
・・・当然街は彼を歓迎せず、豚も彼を見ては嘔吐を催したであろう。佐伯自身も街にいる自分がいやになる。そのくせ彼は舗道の両側の店の戸が閉まり、ゴミ箱が出され、バタ屋が懐中電燈を持って歩きまわる時刻までずるずると街にいて彷徨をつづけ、そしてぐったりと・・・ 織田作之助 「道」
・・・生ぐさいものを食うと、反吐が出る」「ほな、何を食うんや」「人を食う。いちいち洒落を言わすな」 男の方が役者が一枚上だった。「食わん魚釣って売るつもりか」「おりゃ昔から売るのも買うのも嫌いや」「……? ……」「変な・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・書きつくしたいのだ。反吐を出しきりたいのだ。 そのあとには何にも残らないかも知れない。おそるべき虚無を私はふと予想する。しかし私は虚無よりの創造の可能を信じている。本能を信じているのではない。私には才能なぞない。私ごとき才能のない人間が・・・ 織田作之助 「私の文学」
・・・膳の上にも盃の中にも蚊が落ちている。嘔吐を催させるような酒の臭い――彼はまだ酔の残っているふら/\した身体を起して、雨戸を開け放した。次ぎの室で子供等が二人、蚊帳も敷蒲団もなく、ボロ毛布の上へ着たなりで眠っていた。 朝飯を済まして、書留・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫