・・・ その内にやっと賢造は、覚束ない反問の口を切った。しかし博士は巻煙草を捨てると、無造作にその言葉を遮った。「それがいかんですな。熱はずんずん下りながら、脈搏は反ってふえて来る。――と云うのがこの病の癖なんですから。」「なるほど、・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・』と、笑いながら反問しましたが、彼はやはり真面目な調子で、『たとい子供じみた夢にしても、信ずる所に殉ずるのだから、僕はそれで本望だ。』と、思い切ったように答えました。その時はこう云う彼の言も、単に一場の口頭語として、深く気にも止めませんでし・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・とした。予期した事が実現されたようでもあるし、自分の疑心で迎えてU氏の言葉を聞違えたようにも思って、「ホントウですか、」と反問すると、「ホントウとも、ホントウとも、」とU氏は早口に点頭いて、「ホントウだから困ってしまった。」 U氏が・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ と突然私に反問しました。K君の心では、その船の実体が、逆に影絵のように見えるのが、影が実体に見えることの逆説的な証明になると思ったのでしょう。「熱心ですね」 と私が言ったら、K君は笑っていました。 K君はまた、朝海の真向か・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・江原は不安げに反問した。「何でもいい。そのまま来い!」「どんな用事か、きかなきゃ分らないじゃないですか!」「なにッ! 森口も浜田も来い!」 江原だけでなく五六人が手紙も読みさしで、しぶしぶ起って行った。かれらは一列になって出・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・ 肌自慢の鼻の高いロシアの娘は反問した。「じゃ、これと較べて見ろ!」 1カ月の俸給に受取った五円いくらかのその五円札を出して見せた。「アメリカ人がどうして、日本の偽札を拵えるの? え、どうして拵えるの?」娘は、紅を塗ったよう・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・と善良な夫は反問の言外に明らかにそんなことはせずとよいと否定してしまった。是非も無い、簡素な晩食は平常の通りに済まされたが、主人の様子は平常の通りでは無かった。激しているのでも無く、怖れているのでも無いらしい。が、何かと談話をしてその糸・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ 僕には、それが相当むきな調子に聞えたので、いくぶんせせら笑いの意味をこめて、なにか喧嘩でもしたのですか、と反問してやった。「いいえ。」マダムは可笑しそうにしていた。 喧嘩をしたのにちがいないのだ。しかも、いまは青扇を待ちこがれ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・僕のほうで反問した。 何かわけがあるらしかった。「家は、ちらかっていますから、外へ出ましょう。」きたない家の中を見せたくなかった。「そうですね。」と草田氏はおとなしく首肯いて、僕のあとについて来た。 少し歩くと、井の頭公園で・・・ 太宰治 「水仙」
・・・われ汝らを高うせんために自己を卑と反問している。二、横暴なり。破壊的なり。三、自家広告が上手で、自分のことばかり言っている。四、臆病なり。弱い男なり。意気揚らず。五、不誠実。悪巧をする。狡猾であり、詭計を以て掠め取るというこ・・・ 太宰治 「パウロの混乱」
出典:青空文庫