・・・とゆきさんも、おだやかに笑って、反問した。「ああ、やっと。やっと、……なんといったらいいのかな。日本語は、不便だなあ。むずかしいんだ。ありがとう。よく、あなたは、いてくれたね。たすかるんだ。涙が出そうだ。」「わからないわ。あたしのこ・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・平然と反問する。みじんも狼狽の影が無い。「どこへ売った。こんどだけは許す。」「ごちそうさん。」勝治は箸をぱちっと置いてお辞儀をした。立ち上って隣室へ行き、うたはトチチリチン、と歌った。父は顔色を変えて立ち上りかけた。「お父さん!・・・ 太宰治 「花火」
・・・それは銅銭ばかりいれて歩くからではないかと反問したら、いや紙幣でも同じ事だ、あの紙は、たいへん冷く、あれを懐にいれて歩くと必ず胃腸をこわすから、用心し給え、とまじめに忠告してくれた。富をむさぼらぬように気をつけなければならぬ。・・・ 太宰治 「「晩年」と「女生徒」」
・・・わかい医学研究生は、学校の試験に応ずるような、あらたまった顔つきで、そう反問した。「いいえ。あたし、きざねえ。ちょっと、気取ってみたのよ。」すこしまえに泣いていたひととも思われぬほど、かん高く笑った。歯が氷のようにかがやいて、美しかった・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ と、私の質問の意味がわからないような目つきで、無心らしく反問する。 私のほうで少しあわて気味になり、「あの、細田さん、すこし興奮していらっしゃるようですけど。」「はあ、そうでしょうかしら。」 と言って笑った。「大丈・・・ 太宰治 「女神」
・・・時には更に反問して彼等に考えさせることも必要である。勿論児童の質問があるごとにかように話しているわけにはゆかないが、教師の根本態度が、この考えであってほしいのである。 それから小学校では少し無理かも知らないが、科学の教え方に時々歴史的の・・・ 寺田寅彦 「研究的態度の養成」
・・・なるほどそれが僕の素人であるところかも知れないと答えたようなものの、私は二宮君にこんな事を反問しました。僕は芝居は分らないが小説は君よりも分っている。その僕が小説を読んで、第一に感ずるのは大体の筋すなわち構造である。筋なんかどうでも、局部に・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・安倍君が蝙蝠は懐疑な鳥だと云うから、なぜと反問したら、でも薄暗がりにはたはた飛んでいるからと謎のような答をした。余は蝙蝠の翼が好だと云った。先生はあれは悪魔の翼だと云った。なるほど画にある悪魔はいつでも蝙蝠の羽根を背負っている。 その時・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・という直覚的な反問が避け難い力を以て私自身に投げ付けられたのです。 私が、こうやってこれを書いている心持は、近頃の、何でも婦人雑誌の「問題」にしたがる、いやな流行的亢奮からは非常に遠いものです。 自分の良人を深く深く愛し、謙遜に、恭・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・の題材とテーマとを、すっかり逆におきかえて、もしソヴェトにおいてアメリカに対するこういうことがあるとしたら、君たちはどう思うか、と反問すると、大抵、それが真実でないことを納得した、と語っている。読者は、このエピソードに、ソヴェトの人々の四角・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
出典:青空文庫