・・・いつも町の南はずれにあるポストが、反対の入口である北に見えた。いつもは左側にある街路の町家が、逆に右側の方へ移ってしまった。そしてただこの変化が、すべての町を珍しく新しい物に見せたのだった。 その時私は、未知の錯覚した町の中で、或る商店・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・隣の人の耳を小突きながら、隣の人は小突かれると、反対の通路の方へガックリと首を傾けた。「どうしたんだい。兄さん、首っ吊りするって訳じゃねえだろうな」「うん」 少年は再び眼を瞑ろうとした。「おい、兄さん。そりゃお前のバスケット・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・都て我輩の反対する所なり。一 女は我親の家をば続ず、舅姑の跡を継ぐ故に、我親よりもを大切に思ひ孝行を為べし。嫁して後は我親の家に行ことも稀成べし。増て他の家へは大方は使を遣して音問を為べし。又我親里の能ことを誇て讃語るべからず。・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・しかるにこれに反対のやつは柿であって柿の半熟のものは、心の方が先ず熟して居って、皮に近い部分は渋味を残して居る。また尖の方は熟して居っても軸の方は熟して居らぬ。真桑瓜は尖の方よりも蔓の方がよく熟して居るが、皮に近い部分は極めて熟しにくい。西・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・いまならみんなはまるで反対にやってるんでないかと思う。一九二五、十一月十日。今日実習が済んでから農舎の前に立ってグラジオラスの球根の旱してあるのを見ていたら武田先生も鶏小屋の消毒だか済んで硫黄華をずぼんへいっぱいつけ・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・もう少し静かなところにしたいと思って先日も探しに行ったのですが、私はどちらかというと椅子の生活が好きな方で、恰度近いところに洋館の空いているのを見つけ私の注文にはかなった訳ですが、私と一緒にいる友達は反対に極めて日本室好みで、折角説き落して・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・ 中食の卓とちょうど反対のところに、大きな炉があって、火がさかんに燃えていて、卓の右側に座っている人々の背を温めている。雛鶏と家鴨と羊肉の団子とを串した炙き串三本がしきりに返されていて、のどかに燃ゆる火鉢からは、炙り肉のうまそうな香り、・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・そして反対に情調のある文芸というものが例で示してあったが、それが一々木村の感服しているものでなかった。中には木村が、立派な作者があんな物を書かなければ好いにと思ったものなんぞが挙げてあった。 一体書いてある事が、木村には善くは分からない・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・その夜、議事の進行するに連れて、思わずもナポレオンの無謀な意志に反対する諸将が続々と現れ出した。このためナポレオンは終に遠征の反対者将軍デクレスと数時間に渡って激論を戦わさなければならなかった。デクレスはナポレオンの征戦に次ぐ征戦のため、フ・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・そういう人間がどこにいるかは、彼の同志になるか、または専門の刑事にでもならなければ解るものでない。反対に人間の数は少なくとも、著しく目につくものがある。自動車を飛ばせて行く官吏、政治家、富豪の類である。帝国ホテルが近いから夕方にでもなれば華・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫