・・・彼は、反抗的な、むずかしい気持になった。彼は、局長の言葉が耳に入らなかった振りをして、そこに集っている者達に栗島という看護卒が平生からはっきりしない点があることを高い声で話した。間もなく通りから、騒ぎを聞きつけて人々がどや/\這入って来た。・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ すると少年の面上には明らかに反抗の色が上った。言葉は何も出さなかったが、眼の中には威をあらわした。言葉が発されたなら明らかにそれは拒絶の言葉でなくて、何の言葉がその眼の中の或物に伴なおうやと感じられた。仕方がないから自分は自分の意を徹・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・彼が近い身の辺にあった見せかけの生活から――甲斐も無い反抗と心労とから――その他あらゆるものから遁れて来た自分の身を考えた。もっと自分を新鮮に、そして簡素にすることは無いか。そのために、彼は他にもあった教師の口を断り、すこし土でも掘って見よ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・不平もある、反抗もある、冷笑もある、疑惑もある、絶望もある。それでなお思いきってこれを蹂躙する勇気はない。つまりぐずぐずとして一種の因襲力に引きずられて行く。これを考えると、自分らの実行生活が有している最後の筌蹄は、ただ一語、「諦め」という・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・この男等の生涯も単調な、疲労勝な労働、欲しいものがあっても得られない苦、物に反抗するような感情に富んでいるばかりで、気楽に休む時間や、面白く暮す時間は少ないのであるが、この生涯にもやはり目的がないことはあるまいと思われるのである。 この・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・しかし、市民もほかの議政官も、彼の暴威に怖れて、だれ一人面と向って反抗することが出来ませんでした。 ディオニシアスには、市民たちが、すべて自分に対してどんな考えを持っているかということが十分分っていました。ですから、しじゅう、ちょっとも・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・やはり今日のお祭の騒ぎに、一人で僻んで反抗し、わざと汚いふだん着のままで、その薄暗い飲み屋で、酒をまずそうに飲んで居るのでありました。それに私も加わり、暫く、黙って酒を飲んで居ると、表はぞろぞろ人の行列の足音、花火が上り、物売りの声、たまり・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・不機嫌な時がない。反抗しない。それに好い女と云う意味から云えば、どの女だってドリスより好く見えようがない。人を悩殺する媚がある。凡て盛りの短い生物には、生活に対する飢渇があるものだが、それをドリスは強く感じている。それが優しい、褐色の、余り・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・と、今日は不思議にも平生の様に反抗とか犠牲とかいう念は起こらずに、恐怖の念が盛んに燃えた。出発の時、この身は国に捧げ君に捧げて遺憾がないと誓った。再びは帰ってくる気はないと、村の学校で雄々しい演説をした。当時は元気旺盛、身体壮健であった。で・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・そしてその不正義に対する反抗心が彼の性格に何かの痕跡を残さない訳には行かなかったろうと思われる。「ユダヤ人はその職業上の環境や民族の過去のために、人から信用されるという経験に乏しい。この点に関してユダヤ人の学者に注目して見るがいい。彼等は論・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫