・・・と深刻なる声を絞りて、二十日以来寝返りさえもえせずと聞きたる、夫人は俄然器械のごとく、その半身を跳ね起きつつ、刀取れる高峰が右手の腕に両手をしかと取り縋りぬ。「痛みますか」「いいえ、あなただから、あなただから」 かく言い懸けて伯・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ むくりと砂を吹く、飯蛸の乾びた天窓ほどなのを掻くと、砂を被って、ふらふらと足のようなものがついて取れる。頭をたたいて、「飯蛸より、これは、海月に似ている、山の海月だね。」「ほんになあ。」 じゃあま、あばあ、阿媽が、いま、(・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・「鱒だ、――北上川で取れるでがすよ。」 ああ、あの川を、はるばると――私は、はじめて一条長く細く水の糸を曳いて、魚の背とともに動く状を目に宿したのである。「あれは、はあ、駅長様の許へ行くだかな。昨日も一尾上りました。その鱒は停車・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・「いったい、こんなかにがこの近辺の浜で捕れるだろうか?」 お父さんは、考えながらいわれました。 海までは、一里ばかりありました。それで、こんなかにをもらった町へいって、昨夜のことを聞いてこようとお父さんはいわれました。 太郎・・・ 小川未明 「大きなかに」
・・・長いことにらんでいたのだが、まったく命がけでなければ取れるところでない。」と、年をとった男は、独りごとをしました。 そして、そこで、幾十年生きてきたしんぱくを、岩角から切りはなして、その根もとを掘り抜くとしっかり背負って、綱をたぐって上・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
・・・』『まだ取れるだろうか。』『まだまだ今日は十匹は取れますぞ。』 しかし僕は信じなかッた。十匹も取れたら持って帰ることができないと思った。猟師は岩に腰を掛けて煙草を二、三ぶく吸っていたが谷の方で呼び子の笛が鳴るとすぐ小藪の中に隠れ・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・徳の本心はやっぱりわしを引っぱり出して五円でも十円でもかせがそうとするのだ、その証拠には、せんだってごろまでは遊んで暮らすのはむだだ、足腰の達者なうちは取れる金なら取るようにするが得だ、叔父さんが出る気さえあればきっと周旋する、どうせ隠居仕・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・届いたという一件、またある日正作が僕に向かい、今から何カ月とかすると蛤をたくさんご馳走するというから、なぜだと聞くと、父が蛤の繁殖事業を初め、種を取寄せて浜に下ろしたから遠からず、この附近は蛤が非常に採れるようになると答えた。まずこれらの事・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・しかし、もっとよけい、二円でも三円でも、取れるだけ取っておきたい。取ってやらなければ損だ。 どうして、彼等が、そういうことを考えるようになるか。 彼等も昔の無智な彼等ではない。県会議員が、当選したあかつきには、百姓の利益を計ってやる・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・川岸女郎になる気で台湾へ行くのアいいけれど、前借で若干銭か取れるというような洒落た訳にゃあ行かずヨ、どうも我ながら愛想の尽きる仕義だ。「そんな事をいってどうするんだエ。「どうするッてどうもなりゃあしねえ、裸体になって寝ているばかりヨ・・・ 幸田露伴 「貧乏」
出典:青空文庫