一 朝――この湖の名ぶつと聞く、蜆の汁で。……燗をさせるのも面倒だから、バスケットの中へ持参のウイスキイを一口。蜆汁にウイスキイでは、ちと取合せが妙だが、それも旅らしい。…… いい天気で、暖かかった・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ すべての色の取り合わせなり、それから、櫛なり簪なり、ともに其の人の使いこなしによって、それぞれの特色を発揮するものである。 近来は、穿き立ての白足袋が硬く見える女がある。女の足が硬く見えるようでは、其の女は到底美人ではない。白い足・・・ 泉鏡花 「白い下地」
・・・エイゼンシュテインは特に写楽のポートレートを抽出して、強調された顔の道具の相剋的モンタージュを論じているが、われわれは広重でも北斎でも歌麿でもそれぞれに特有な取り合わせの手法を認めることができるであろう。樽の中から富士を見せたり、大木の向こ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・を見たのもおもしろい取り合わせであった。古典音楽のあとでジャズを聞くような感じがした。二つのものの行き方のちがいがかなりはっきり対照される。前者は何かしら考えさせよう考えさせようとする思わせぶりが至るところに鼻につくような気もするが、後者は・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・たとえばライオンと風になびく草原との取り合わせなどがそうである。このいかにも水に渇したように風にそよぐ草によって始めてほんとうに生きたアフリカのライオンが眼前に現われる。ジラフの奇妙な足取りはそれ自身にもおもしろいが、その背景の珍しい矮樹林・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・しかし神の取り合わせた顔と腕にはそうした簡単な相関はどうもないように見える。 食堂の入り口をながめているとさまざまの人の群れが入り込んで来る中に、よくおかあさんとお嬢さんとの一対が見られる。そうして多くの場合おかあさんよりもお嬢さんのほ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 紫色のスウィートピーを囲んだ見合いらしいはなやかな晩餐の一団と、亀井戸への道を聞いた寒そうな父子との偶然な対照的な取り合わせが、こんな空想を生む機縁になったのかもしれない。丸の内の夜霧がさらにその空想を助長したのでもあろう。 それ・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・ところどころに孤立したイタリア松と白く輝く家屋の壁とは強い特徴のある取り合わせであった。 ホテル・ドゥ・ヴェシューヴと看板をかけた旗亭が見える。もうそこがポンペイの入り口である。入場料を払って関門を入ると、そこは二千余年前の文化の化石で・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・それをよく取り合わせるのが上手というものである。しかしただむやみに二つも三つも取り集めてできるというのではない。黄金を打ち延べたように作るのだということを芭蕉が教えたのは、やはり上記の方法をさして言ったものと思われる。 近ごろ映画芸術の・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・折詰の飯に添えた副食物が、色々ごたごたと色取りを取り合せ、動物質植物質、脂肪蛋白澱粉、甘酸辛鹹、という風にプログラム的に編成されているが、どれもこれもちょっぴりで、しかもどれを食ってもまずくて、からだのたしになりそうなものは一つもない。・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
出典:青空文庫