・・・雲母のような波を刻んでいる東京湾、いろいろな旗を翻した蒸汽船、往来を歩いて行く西洋の男女の姿、それから洋館の空に枝をのばしている、広重めいた松の立木――そこには取材と手法とに共通した、一種の和洋折衷が、明治初期の芸術に特有な、美しい調和を示・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・かく言うは、あえて氏が取材を難ずるにあらず。その出処に迷うなり。ひそかに思うに、著者のいわゆる近代の御伽百物語の徒輩にあらずや。果してしからば、我が可懐しき明神の山の木菟のごとく、その耳を光らし、その眼を丸くして、本朝の鬼のために、形を蔽う・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ 苟くも田舎を取材にするなら、小作人の立場になって、階級意識の上に書かれた芸術でないかぎりは、所詮、ブルジョア文学たることを免れない如く、都会の芸術は今日の工場労働者の精神に徹せざるかぎり、真のプロレタリア芸術と言うことはできないのであ・・・ 小川未明 「街を行くまゝに感ず」
・・・ なる程、農民の生活から取材した作品、小作人と地主との対立を描いた作品、農村における農民組合の活動を取扱った作品等は、プロレタリア文学には幾つかある。立野信之、細野孝二郎、中野重治、小林多喜二等によって幾つかは生産されている。そこには、・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・日露戦争の遼陽攻撃の前に於ける兵站部あたりの後方のことを取材している。戦地へいった一人の兵卒が病気のため、遼陽攻撃が始って全軍が花々しく進撃するうちに、一人だけ苦しみながら死んで行く有様を描いて、いわゆる「自然主義風」に人生の意義を語ろうと・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ すべての歌人の取材の範囲やそれに対する観照の態度は、誰でも年を追って自然の変遷を経るもののように見える。しかしそういうものがどんなに変っても、同じ作者の「顔」は存外変らぬもののように思われる。歌を専門的に研究している人達の分析的な細か・・・ 寺田寅彦 「宇都野さんの歌」
・・・それからまた題材が時の流行に支配されるために、取材の範囲がせばめられ、同時にその題材と他の全体との関係が見失われやすい。 そういうジャーナリズムの弊に陥ったような通俗科学記事のみならず、科学的論文と銘打ったものさえ決して少なくはないので・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・中流の少女が、自分の環境から脱け出て、荒々しく生活の沸騰している場面に取材したということも、一つの特色であった。そして更にもう一つの特色は、この小説で、作者自身が自分の生きかたと文学とについて、一種の公約をしている点である。作者は、それが公・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第一巻)」
「古き小画」の新聞切抜きが見つかって、この集に入れられたのは思いがけないことだった。この、ペルシャの伝説から取材した小説は一九二三年の夏じゅうかかって執筆され、書き上ってから北海道の新聞にのせられた。スカンジナヴィア文学の専・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・ブルジョア作家たちは、その本質から、作家としての完成を個人的自己完成としてしか理解し得ないため、その努力を取材から取材への一見めあたらしげな転々たる移行およびその扱いかた、書きかたの練達へと集中する。彼らはいかに数多く一つから一つへと書きま・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
出典:青空文庫