・・・そう云う臆病ものを崇める宗旨に何の取柄がございましょう? またそう云う臆病ものの流れを汲んだあなたとなれば、世にない夫の位牌の手前も倅の病は見せられません。新之丞も首取りの半兵衛と云われた夫の倅でございます。臆病ものの薬を飲まされるよりは腹・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・ただわたしの話の取り柄は、この有王が目のあたりに見た、飾りのない真実と云う事だけです。ではどうかしばらくの間、御退屈でも御聞き下さい。二 わたしが鬼界が島に渡ったのは、治承三年五月の末、ある曇った午過ぎです。これは琵琶法師も・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ そこで、茨城の方の田舎とやらに病院を建てた人が、もっともらしい御容子を取柄に副院長にという話がありましたそうで、早速家中それへ引越すことになりますと、お米さんでございます。 世帯を片づけついでに、古い箪笥の一棹も工面をするからどち・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・――雪の中を跣足で歩行く事は、都会の坊ちゃんや嬢さんが吃驚なさるような、冷いものでないだけは取柄です。ズボリと踏込んだ一息の間は、冷さ骨髄に徹するのですが、勢よく歩行いているうちには温くなります、ほかほかするくらいです。 やがて、六七町・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・「だが、俺のように体ばかり健で、ほかに取得のねえのも困ったものさ。俺はちっとは病ってもいいから、新さんの果報の半分でもあやかりてえもんだ」「まあ、とんだ物好きね。内のがどう果報なんだろう?」「果報じゃねえか、第一金はあるしよ……・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・玉子は背が高いばかりで取得もなく、顔も浜子にくらべものにならぬくらい醜かったのです。 ところが、大宝寺小学校の高等科をやがて卒業するころ、仏壇の抽出の底にはいっていた生みの母親の写真を見つけました。そして、ああ、この人やこの人やというお・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ことに鼻血のくだりなど、さすがにお前の臆病な性質を見抜いているという取得があるにせよ、誰が読んでも嘘だとわかる。また、保証金没収の一件にしても、そうだ。 一万九千円を握っただけで能事足れりとするような、けちな肚ならともかく、いくら何でも・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ しかしあの男のどこに取柄があります。第一、と言いかけるを押し止めて、もういいわ、お前はお前の了簡で嫌うさ。私は私で結交うから、もうこのことは言わぬとしよう。それでいいではないか。顔を赤め合うのもつまらんことだ。と言えども色に出づる不満・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ 温和で正直だけが取柄の人間の、その取柄を失なったほど、不愉快な者はあるまい。渋を抜た柿の腐敗りかかったようなもので、とても近よることは出来ない。妻が自分を面白からず思い気味悪るう思い、そして鬱いでばかりいて、折り折りさも気の無さそうな・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・マルタの妹のマリヤは、姉のマルタが骨組頑丈で牛のように大きく、気象も荒く、どたばた立ち働くのだけが取柄で、なんの見どころも無い百姓女でありますが、あれは違って骨も細く、皮膚は透きとおる程の青白さで、手足もふっくらして小さく、湖水のように深く・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
出典:青空文庫